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特集

Nina Simone

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2004年05月20日 13:00

更新: 2004年05月20日 16:55

ソース: 『bounce』 253号(2004/4/25)

文/出田 圭


いきなりですが、クイズを少々。

Q:アリシア・キーズが「ジャズやブルースを探究する上でもっとも心酔した人物」として挙げた名は?

Q:インディア・アリーがアメリカのTV番組で歌った“Come Ye”という曲のオリジナルは誰?

Q:ローリン・ヒルはフージーズ“Ready Or Not”で、〈私は○○になってインチキMC野郎をやっつける〉とラップした。彼女は誰になると言った?

Q:ダニー・ハサウェイやアレサ・フランクリンのほか、レゲエでも複数のカヴァーを生んだ名アンセム“To Be Young, Gifted And Black”のオリジナルは誰?

Q:ビートルズ“Michelle”の名フレーズ〈I Love You, I Love You……〉の元ネタとして、発案者のジョン・レノンがのちに明かしたアーティストの名は?

Q:〈朝日のあたる家〉や〈悲しき願い〉がスタンダード化する際の雛形になったのは誰の歌?

Q:タリブ・クウェリが2000年にラップ・リメイクした“Four Women”と、2002年の“Get By”(カニエ・ウェスト制作)でサンプリングした“Sinnerman”、それぞれの元ネタは同じ人です。誰?

 ──と、ミエミエな前フリで恐縮。正解はすべてこの文章の主人公、ニーナ・シモンです。このテのネタには事欠かない人で、上記のクイズもほんの一部。けれども、以降は視点をやや大きめにシフトします。
 

さぁ、どう生きていく?

 独特の太い声で歌うニーナ・シモンは、便宜上ではあるものの〈ジャズ・ヴォーカル〉にカテゴライズされることが多い。事実ジャズに近い場所にいたといえる彼女の音楽は、たしかにリズム&ブルースではなかった。けれどもソウルだったのだ。おそらくは〈ソウル・ミュージック〉という呼び名が広まる以前から、そしてそれ以降も。

 有名な“To Be Young, Gifted And Black”や“Four Women”を例にとれば、シンプルな歌詞とメロディーが、意外なほど深々と胸に刻まれる。前者は先に触れたとおり、いまやほとんど世界的といえるくらいの黒人アンセムだが、ラップで再解釈もされた“Four Women”については、部分的ながらもう少し述べてみよう。

 ジョイ・デナラーニのドイツ語リメイク“Vier Frauen”も記憶に新しいその曲が最初に世に出たのは66年。アメリカ黒人史的には〈ブラック・パワー〉提唱の年だ。ただし録音は前年、マルコムXが2月21日(奇しくもニーナの誕生日)に暗殺された65年の秋。けれどここでは、そうした背景はひとまず置いておく。

 少しづつ肌の色が異なる4人の女性を歌った“Four Women”は、いくつかあるニーナの放送禁止歌のひとつだ。表向きの処分理由は〈黒人女性を卑下している〉というもの。歌詞の本当の意味は180度逆だった。

“Four Women”は、数世代に渡る黒人女性のメンタリティーを集約していた。当事者として、というよりむしろ適度に距離を置いたニーナの語り口は、社会と、そして野郎どもに従属していた多くの女性たちの心をこじ開けたという。告発や提唱ではなく〈さぁ、どう生きていく?〉というシンプルな問いが行間に覗くこの曲のヴァイブを、現在も有効だとする意見も聞く。

“Four Women”が説得力バツグンだったのは、ニーナ本人が突出してインディペンデントだったことも大きいはず。大胆な言動や歌詞だけでなく、音楽性そのものが、他者に絡めとられないクールな〈個〉だった。これはむしろ、90年代以降の女性アーティストに共通点が見い出しやすい特徴ではないだろうか。

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