フリッパーズ・ギター(2)
純粋でひたむきな音楽への愛情
フリッパーズ・ギターのファースト・アルバム『海へ行くつもりじゃなかった(three cheers for our side)』――オレンジ・ジュースのファースト・アルバム『You Can't Hide Your Love Forever』、その収録曲“Three Cheers For Our Side”からタイトルを拝借したこの89年作品を超える日本のネオ・アコースティック/ギター・ポップ作品を、僕はいまだに聴いたことがない。当時まだ5人組だったバンドの演奏は拙く、小山田圭吾のヴォーカルも頼りないが、そんなことはまったく問題ではなかった。瑞々しく鮮烈なメロディーと、その隙間からこぼれ落ちる先人たち――アズテック・カメラ、オレンジ・ジュース、ブルーベルズ、フレンズ・アゲイン、ペイル・ファウンテンズ、モノクローム・セットなど――への汲めども尽きぬ敬意の念。純粋でひたむきな音楽への愛情が生んだ12の奇跡が、ここにはある。例えば、10曲目“さようならパステルズ・バッヂ”を聴いてみてほしい。タイトルからしてすでにパステルズを連想させるこの曲の歌詞には、オレンジ・ジュースのジェイムズ・カークの名前のほか、〈Highland〉〈Anoraks〉といったネオアコの聖地=スコットランドゆかりの言葉が散りばめられ、〈our hairdresser shoule be a boy〉という、ティーンエイジ・ファンクラブの前身バンド=ボーイ・ヘアー・ドレッサーズを意識した一節までもが織り込まれている。そして、若さに任せて前のめりに疾走するリズムと、どこまでも蒼く清々しいコーラスワーク。まったく輝きを失わないその楽曲の質の高さには、いまなお感嘆するばかりだ。
ちなみに歌詞はすべて英語だが、これは当時まだ大学生だった小沢健二によるもの。英語で歌うことの意味については、「洋楽を聴いて育ったから英語で歌うのが自然」と小山田が発言しているが、要するに彼らはいつだってリスナーとしての自分に忠実であろうとしていたのだ。そう、フリッパーズの2人はプレイヤーでありミュージシャンである以前に、熱狂的かつ独特のセンスを持った〈いちリスナー〉だった。リスナーはミュージシャンであり、ミュージシャンはリスナーである。たとえプレイヤーとして未熟だったとしても、聴き手としての湧きあがる衝動を昇華させれば、素晴らしい作品が生み出せる。そのことを彼らは、初作から証明してみせた。かつて、ロンドンで職にあぶれた若者たちが、楽器などロクに弾けないにも関わらず、不満や衝動を爆発させることでパンクを成立させたのと同じ感動的な光景が、確かにそこにはあった。
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