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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2004年01月15日 12:00

更新: 2004年01月15日 17:53

ソース: 『bounce』 250号(2003/12/25)

文/出嶌 孝次

4人にスポットを当てたかった

 さて、ヤング・バックの番だ。彼はテネシー生まれの22歳。母や姉妹とプロジェクトで暮らしてきた、いわゆるゲットー育ちで、「ランDMCとかにはハマってなかったなあ」とハッキリ口にしているのがおもしろいが、NY出身者ではないという意味で他のメンバーとは違うニュアンスの持ち主である。が、少年時代からラップへの思いは人一倍強かったようだ。

「ドクター・ドレーに憧れてた。小さい頃からずっとラップをやりたくて、スタジオ代欲しさにドラッグを売っていたよ。ヤング・バックというのも当時ドラッグ・ディーラーの奴らから付けられたあだ名なんだ。オレだけ凄く若かったから、みんなに〈Young Buck(若造の金)〉ってからかわれていたんだ」(ヤング・バック)。

 彼が上昇のきっかけをつかんだのは南部のスター、ジュヴィナイルとの交流だった。ジュヴィがキャッシュ・マネーから独立した後もバックは行動を共にする。その後、彼を介してバックはGユニットの面々と出会い、2002年のマンハッタンにおける50御一行の逮捕劇で前科のあったトニーが投獄されるや、4人目のメンバーとして迎え入れられた。その後は誰もが知るとおりだ。50セントは次々にヒットを叩き出して世界的なブレイクを記録していく。そして、その過程でGユニットの登板も折り込み済みだった。

「50は自分の成功を予測してなかったと思うよ。だけど、成功する前から彼のなかでは計画されてたんだろうね。だからオレたちも“P.I.M.P.”に客演したし」(バック)。

 そして、Gユニットは本格的に動きだした。ジェイ・Zの〈Roc The Mic Tour〉に同行しながら、ツアーバス内に設置したスタジオでレコーディングを進めるという強行スケジュールを経て完成したのが、今回の『Beg For Mercy』だ。「クルーの4人にスポットを当てたかったから」(バック)という理由からゲスト参加はジョーぐらいで、とことん4人(服役中のトニーは2曲のみの登場だが)に焦点を当てたコアな作品になっている。プロデュースにあたったのはもちろんドクター・ドレーやエミネムたち……あまりにも豪華なファミリーだ。

「エミネムはワーカホリックでプロフェッショナルだね。オレらより1時間前からスタジオ入りして、オレらがわかるまで時間をかけてくれた。ドレーについては、オレもNWAとかを聴いて育ったクチだから、言葉に表せない……ヒップホップのゴッドファーザーだからね! 日々、彼に影響されることが自分を良い形にしてくれると思ったよ」(ロイド)。

 その出来映えは実際にアルバムの凄まじさに触れて確かめてほしいが、50セントらしい不穏なソウルフルさや殺伐としたメロウネスが通底した、絶妙な仕上がりになっている。そして、この後には……と彼らはどんどん持ち札を切ってくる。

「次はそれぞれのソロ・アルバムさ。Gユニットはオレとトニー、バックの3人それぞれを紹介するためのものでもあるんだ。これに続くソロの下準備みたいな感じでね」(ロイド)。

 まだまだ彼らの天下は続きそうな予感。ちなみに、あの〈G-G-G-G Unit!〉という掛け声はどうやってできたの?

「ああ、アレはスタジオで50セントがふざけて〈ジジジ……〉ってずっと言ってるもんだから、オレらは〈何だよ、ソレ〉なんて言ってたんだけどね(笑)」(ロイド)。

 何だよ、ソレ(笑)。

▼Gユニットもしくはメンバーの参加作品を一部紹介。

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