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特集

2Pac(2)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2003年10月16日 19:00

ソース: 『bounce』 247号(2003/9/25)

文/出嶌 孝次,小林 雅明

絶頂と転落

 しかしながらその才が見過ごされようはずもなく、インタースコープとソロ契約を結んでリリースされたデビュー作『2Pacalypse Now』はヒットを記録。さらに、92年1月に全米公開された映画「ジュース」では銀幕デビューを果たし、演技面でも高評価を集めた。93年には、セカンド・アルバム『Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z.』がリリースから程なくして100万枚を突破、俳優としてもジャネット・ジャクソン主演作「ポエティック・ジャスティス 愛するということ」にて相手役に抜擢されるなど、キャリアは上昇を続ける。が、そんな右肩上がりのなかでパックは立て続けに事件を起こしては逮捕と保釈を繰り返し、世間が求めるギャングスタ/サグのイメージへとみずからの素行を改悪していく。その極め付けとなったのが、93年末にファンの女性に性的強要をしたとして訴えられた事件だ。なお、この頃にはノトーリアスBIG(以下ビギー)などNYのラッパー勢とも交流を深め、特にビギーはサグ・ライフ加入を志願するほどパックのスタイルに憧れていたそうだ。

 しかしながら、そんなパックと故郷のNYを切り裂く事件が起こる。94年、件のレイプ事件の公判2日前、タイムズ・スクエアのスタジオにおいて強盗に襲われたパックは5発の銃弾を浴びて瀕死の重傷を負ったのだ。が、パックはその2日後には車椅子で予定どおり出廷し、不死身ぶりをアピールした(9発撃たれたことを顕示する50セントはそのトレースだ)。結果的に性的侮辱罪のみに問われたパックは4年半の懲役刑に服するのだが、それ以上にパックの心を占めていたのは、彼が撃たれた時、同じ建物に親友ビギーとその後見人ショーン“パフィ”コムズがいて、自分が撃たれることを彼らが知っていたかのように思えたことだった。

インタビュー