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[対談]松坂世代は、なにを考える!?

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2003年09月11日 13:00

更新: 2003年09月11日 19:37

ソース: 『bounce』 246号(2003/8/25)

文/bounce編集部

特集〈JR2003~松坂世代〉、先発を飾るのは〈世代〉の本命、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文とLOST IN TIMEの海北大輔。実際、野球の筋がいいことでも知られる2人による対談でプレイボール!


――まずは、曲を書こう、バンドを始めようと思った経緯……なんてところからお訊きしましょうか?

後藤「浪人のときにオアシスを聴いて、それで、やろうと思ったんですけど……単純じゃないですか、作りが。それまで自分はギターなんてできないもんだと思ってたんですよ。昔、親父のギターとかを弾かせてもらっても、Fのコードとか押さえるの絶対無理だったし。でも、オアシスってGとCとAmぐらいで曲作っちゃうぐらいなんで、それは衝撃的で」

海北「その話を以前、ライヴの打ち上げの席で聞いて、〈えっ! そんなに遅いの?〉ってすごくビックリした」

後藤「海北くんはいつからやってるの?」

海北「僕は、中学校上がってすぐぐらいのときラジオを聴いてて……たまたま聴いてたら、なんかヘンな声で歌ってる人がいるぞ、って。奥野敦士さん(元ROGUE)の番組だったんですよ。バンドを始めるきっかけはブルーハーツだったりするんですけど、ギターだったり歌おうって思い始めたきっかけは奥野さんですね。こういうことカッコイイ、やってみたいなって」

――それ以前の音楽体験ってところでは?

後藤「いろいろと聴いてはいましたよ。ブルーハーツが小学校の終わりから中学ぐらいの時期で、そのあとユニコーンにハマッて……ユニコーンとか聴いてるやつ、まわりにあんまりいなかったけど」

海北「うそ~!」

後藤「で、高三ぐらいのときですかね、バッド・レリジョンっていうのが出てきて、そのへんからどっぷりハマッていくというか、エピタフものとかめちゃめちゃ聴いてて。大学でこっちに出てきてから音楽の話の合う友達が増えて、ベックとかオアシスとかブラーとか借りたりして。バイト代のほとんどをCD代に注ぎ込んだり」

海北「僕は、CD買いまくるというより、どっちかっていうとライヴハウス通いまくってたっていうか。それがいまのスタンス、やっていくうえでの基礎になっちゃってると思うんですけど。目の前でライヴやってるほうに興味がどんどんシフトしていって」

後藤「羨ましいというか、いいよねえ。僕は静岡出身なんだけど、地元のライヴハウス・シーンみたいなのがあることも知らなくて。友達のサイコビリーのバンドとか観に行ったりしたぐらい」

海北「とはいえ、行く場所は限られてたんですけどね。だから、みんながそこに集まっちゃうし、ぜんぜん違うサウンドのバンドでも仲良くなっちゃう。自分の音楽を聴くうえで、判断するところが〈音楽性〉とかじゃない、ってところの原点がそういうとこなのかな。精神的なところでうまく繋がるいい方法をそこで教わって」

――やはり、いまでもほかのバンドのライヴはよく観に行ったりする?

海北「わりかし。ライヴを観に行くことが、自分の音楽活動を高めるのに必要なのかなって最近思うんですよね。自分のことを気にしないで楽に観れるし、普段いっしょにやるときには見えない部分も観れたりして、そのバンドの魅力も発見できるし。そこでいいライヴやられちゃうとチックショー!ってなって、家に帰って曲作ろうかって……」

後藤「すぐ帰っちゃうよね、そういうときは。〈悔しい〉と思って。〈早くライヴやりてえなあ〉って思わされる。たま~に、打ち上げに参加して、出てたバンドのギターを借りて曲作ってたりするけど」

――曲作りの話が出たところで、2人はどんなときに曲を書いてたりします?

後藤「暇な日とか、午前中に楽器持ってスタジオ行って、何時間か押さえてずっと歌って帰ってくる感じだったり。でも、場所とか時間とかあんまり考えないかも知れないですね、もっとユルイ感じというか。楽器さえあればいつでもできるみたいな」

海北「ちょっと時間が空いたときに、急にメロディーが浮かんで〈あっ、これいいかも!〉って曲作ってたり。浮かんだらメモ、みたいな。忘れちゃうんですよ。で、一時期、〈忘れる曲は所詮忘れる程度の曲だよ〉って思ってたんですけど、すっごいいい曲が出来たと思ってたのが翌日すっかり忘れてて、ほんとヘコんだことがあるんですよ」

後藤「最近はケータイの伝言メモに残したりとかしてるよ」

海北「あっ、それいいっすね!」

――曲はどんどん出来ちゃうほう?

後藤「月に、多くて3曲ぐらい」

海北「いいなあ、オレ、ダメだなあ。自分のなかで冷めるとすぐボツにしちゃうクセがあって……バンドに持っていく前に〈これダメだな〉ってことの繰り返し。で、切羽詰まったところで出てくるんですよね、〈これホントにバンドでやりたい〉っていうのが。そういう意味では、多くの犠牲のうえに曲が出来てる」

後藤「ウチの場合はメンバーが厳しいですからね。最初のころは僕がほとんどの主導権を握ってやってたんですけど、最近は、メンバーが〈このBメロ、あんまりグッとこないね〉とか意見を言うようになって。そしたら、〈じゃあ、あと1週間待って〉って練り直してくるみたいな」

――ところで、2人は〈一生音楽を続けていきたい〉っていう意識はあります?

後藤「のんびりしているのかも知れないですけど、あんまり〈死ぬまで〉とかって考えたことはないですね。音楽は好きですけど、これがすべてだ!って思ってないところもあって。やめられないとは思うけど」

海北「〈野球が好き〉っていうのといっしょですよね。プロになりたくて野球を始めたのか、野球好きがプロになったのか、野球しかなくてプロになっちゃったのか、その課程はいろいろあると思うんですけど、やっぱ死ぬまでやっちゃうと思うんですよね。引退しても草野球で頑張ってたり、高校野球の監督になっちゃったりとか」

後藤「なにかしら携わり続けてるだろうね」

海北「そう。たとえばピッチャーだったら、肩を壊して一生野球ができなくなるようなことにはしたくないんですよね。肩が壊れてもほかのポジションにコンバートできるような。野球を好きでいるために、音楽を好きでいるために、いろんなことができるようになっておきたいっていう願望はありますね。ひとつしかない状態でつまずいたら……。好きで始めたことだから、ずっと好きでいたいじゃないですか」

後藤「ずっとグラウンドのなかに居続けたい、って感じだよね」

海北「うん。それが河川敷のグラウンドだろうが横浜スタジアムだろうが甲子園だろうが、とりあえずグラウンドに立ち続けたい」

▼文中に登場したアーティストの作品を一部紹介。

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