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特集

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2003年06月12日 12:00

更新: 2003年06月12日 20:04

ソース: 『bounce』 243号(2003/5/25)

文/大石 ハジメ

スカをはじめとしてさまざまな音楽を育んできたカリブの至宝、ジャマイカ──その光と闇

この特集の冒頭でも紹介した〈Rock A Shacka〉シリーズの影の仕掛人であり、プリンス・バスターを日本に招聘した張本人が、DRUWEEDという名前でセレクター(レゲエ/スカではDJをこう呼ぶ)としての活動も行う林正也。これまでにもアルトン・エリスをはじめとしたジャマイカのレジェンドを日本に招いてきた彼は、大阪でレコード・ショップを経営し、その仕事柄10数年に渡って40回以上もジャマイカを訪れてきた。スカやレゲエのもっともディープな世界を知り尽くした彼が語る、ジャマイカの真実とは? ……とそんな堅苦しいことは抜きにして、まずは彼の独特の語り口に耳を傾けてみよう。

「ゲットーのなかで行っちゃあかん場所って言うたらゲットー全部や。俺らも一週間ぐらいキングストンうろうろしててもレコード買われへんときもある。でも、〈あそこにはあるから〉いうてリマとかアンゴラとかいうゲットー行くときあんねやんか、焦ってもうて。で、〈アンゴラのマークの家にある〉なんて聞いて(ゲットーに)車で入っていくやん。で、道訊いたら、〈とりあえず金くれ〉言われて。絶対金やらんと教えてくれへんし、金やっても嘘教えるようなやつらやから(笑)。で、次いくやん。そこいったらおらへんやん。また訊くやん。で次行くやん。行き止まりに行くの、絶対に。で、そこには輩が待ってるやん。最終的には車の上に20人ぐらい乗ってきて動かれへん。ナイフ持って窓ガラスをガチガチガチ!!って(笑)。それでも恐いから急発進するけど降りへんもん、あいつら。そういうところやねん。ヤバイ、ヤバイ」

――ところで、ジャマイカではプリンス・バスターなんかはどんな存在なんですか?

「いうたら細川たかしとか、鳥羽一郎とか(笑)。ジャマイカっちゅうのはリアルタイムの国で、いつも新しいものしかありえへんから。スカなんか40年前のスタイルやんか。モー娘。のファンおるやろ、あれと同じやからな、ジャマイカの人らは。スカ自体がそうやって生まれた音楽やから。カリプソとかブルースしかなくて、それじゃなんやろっていう部分で生まれた音楽がスカやし」

――でも、ジャマイカでもスカの捉え方が変わってきたところもあるんですよね。

「それは確実に変わってるで。今回もプリンス・バスターを日本に呼んでるやんか。でも、ジャマイカでバスターにオファーが何回あるかいうたらそんなないわけやんか。でも、世界的に見たらバスターのレコードメッチャうけてるわけやんか。そういうことにもジャマイカの連中は気付いてきて、数年前から〈Star Time〉っていうイヴェントが始まってる。アルトン・エリスみたいなビッグネームも出演してるんやけど、日本では呼ばれへんようなワン・チューンしかヒットをトバしてないような人らでもステージに上がれるようなイヴェントができてきてるけどな」

スカタライツのオリジナル・メンバーとしても知られるドン・ドラモンド。彼を巡るこんな隠れた逸話も聞かせてくれた。

「ドン・ドラモンドのカミさんでマルガリータっていうスパニッシュの有名なダンサーがおったやんか。周囲の連中はみんな〈こいつはムッチャイケてる〉と言うてた。でも、そのころドンはちょっとおかしかった。マルガリータのほうはドンとムッチャ結婚したいと思ってて、で、うまいこといって結婚できて。でもドンは3週間家から出てこうへんかった。で、出てきたときには(マルガリータを)ナイフでズタズタにして殺してた。ドンは警察に捕まってまうんやけどベルヴューっていう精神病院に送られるんやんか。そこでドンはずっと炎天下の下、上半身裸でトロンボーン吹いてるんやて。で、マネージャーが呼びに来たときだけスカタライツのライヴに出れるんやけど、終わったらまた帰される。そのときドンが出した曲で“Bellview Special”っていう曲があって、その曲はブォー!!ってムッチャ激しい曲なんやけど、B面には同じトラックを使った“No More”っていう曲が入ってて、それはまるで泣いてるみたいな悲しい曲なんやな」

――やっぱり、スカもそうですけど、ジャマイカの音楽にはそういうディープなものを背負っているからこそ、っ
ていう部分が少なからずありますもんね。

「そうやな。そういう話を聞いてからスカを聴いたらやっぱり違うやんか。そこはもう音楽的な部分ではないかもしれないけど、そこにもなんらかの意味があるとしたらそれも知るべきやと思うで」

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