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DERRICK MAY & JEFF MILLS ―― デトロイト・テクノの伝承

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2003年05月15日 14:00

更新: 2003年05月20日 17:28

ソース: 『bounce』 242号(2003/4/25)

文/門井 隆盛

80年代後半、デトロイトのアンダーグラウンドで、デリック・メイ、ジェフ・ミルズ、ホアン・アトキンス、ケヴィン・サンダ-ソンらが、エレクトロニクスを使って、未来から来たような音楽を作り出した。そして、その音楽はひょんなことからマンチェスターのハッピー・マンデーズらによって紹介され、一躍脚光を浴び、創世記のレイヴ・カルチャーに大きな影響を与えた。ハッキリ言って彼らの存在抜きに80年代後半以降のクラブ・ミュージックは語れない。少し大げさかもしれないが、彼らはレゲエで言えばボブ・マーリーのような存在なのだ。そんな2人と膝を突き合わせ、当時のデトロイトで何が起きていたのか?について貴重な話を訊く機会を得た。

それはムーヴメントだった

──デトロイトのエレクトロニック・ミュージック・シーンの始まりについて教えてください。

デリック・メイ(以下D)「みんな知っているようにデトロイトは隔離されてしまった都市で、文化が後退してしまっている。そこで自分たちが絶対になりたくない姿というのを見てきた。典型的なデトロイトの市民は最低限の教育しか受けることができなくて、工場で働き、理由はどうあれ、いつも不幸せな気持ちを抱いている。自分はそうはなりたくないと強く思っていたんだ。恐らくジェフも同じように感じていたと思うよ。幸運にも俺はより高い教育を受けることができたし、おかげで本や、音楽や、人との対話、人生経験を通じて自分の世界を広げることができた。それによって冒険に出かけるだけのスペースが広がったんだ。たぶん、その中でも音楽は自分たちの未来を追求するのにもっとも簡単な方法だったんだと思う。若い頃は旅をするだけのお金もなかったし、NYやパリがどんなところなのか、他人の目を通じて書かれた雑誌の記事を読んで想像するしかなかったからね。でも、そうやって想像に耽ることが俺たちの文化を作り出していったんだと思う。自覚してはいなかったけれど、そうやって音楽を通じて自分たちの人生を歩んでいった。音楽が俺たちを高めていったんだ。それからは競争の激しい音楽の世界を突き進んでいった。それはまるで電車に乗っているような気持ちだったよ。でも、俺たちがどこへ向かっているのかもわからなかった。ただ、当時の俺たちは若くて、反抗的な態度に満ちていた。いまの状態というのは、ある日、誰かに〈お前たちは自分たちが何を成し遂げたのかわかっているのか? この掃き溜めみたいな街に世界の注目を集めさせているんだ。いま世界中の人々がお前たちのことを見つめているんだよ。自分たちの音楽を確立し、自分たちの運命を切り拓き、自分たちで歴史を作り上げたんだ。それも死んでからじゃなくて、生きている間で、しかも若くて健康なときに。お前たちは歴史がどうあるべきかという概念すらも変えてしまったんだ〉って言われたような感じだ。でも、いまだに自分たちがやったことはわからない。なぜなら、俺たちはいまでも現役で活動しているからね」

ジェフ・ミルズ(以下J)「当時デトロイトで起きていたことは、ある特定のキッズのみに影響を与えていた。その影響は俺たちの成長も促してくれたんだ。チャンスが来たときに俺たちはそのチャンスを掴んだ。それが俺を自分の姉や妹とは違う道へと誘ってくれたんだよ」

D「当時、俺とジェフはお互いをよく知らなかったけれど、デトロイトで起きていたことに同時期に影響されていたんだ。そこがおもしろいと思うんだんよ。同じように影響を受けたのは700人から1,000人ぐらいのキッズだったと思う。大きなムーヴメントだったように思うかもしれないけれど、シーンは決して大きくはなかったんだ」

J「チャンスを掴むことができたときに、音楽で何かができるということに気付いたんだ。だから、より深く音楽に関わるようになったし、それによってそこから得られるものも大きくなった。そして、さらにより深く音楽に入り込んで、気がついたら、いま東京にいる。そんな感じだね(笑)」

──なぜエレクトロニック・ミュージックを表現の手段として選んだんですか? バンドを組むよりも制約の少ない制作環境を得られるから? それともB52'sやクラフトワークみたいな人たちの影響が強かったから?

J「そうだね。でも、電子楽器のサウンドがその時代の音だったからというのもあるよ。電子楽器は新しいものだったし、いまみたいにどこの楽器屋に行ってもキーボードとサンプラーが置いてあるわけでもなかったから。電子楽器に触れることができるだけで幸運だと思ったよ。それに、電子楽器を使って音楽を作るというアイデア自体も斬新だったしね。俺たちは若かったし、当時の流行にも敏感だった。それで飛びついたってわけさ」

──当時のシーンはどんな感じでしたか?

D「夏には、億万長者の家というわけではないけれど、中流より上というか、結構お金持ちの家でホームパーティーをしていたな。裏庭にスピーカーやDJブースを設置してね。で、ティーンエイジャーたちがドレスアップして、芝の上でダンスするんだよ。いまではそういうこともなくなってしまったみたいだけれど。80年代前半に黒人の若者が〈ビバリーヒルズ高校白書〉に出てくるようなパーティーをしているということ自体が革新的だったんだ。それはムーヴメントだったんだよ」

ジョージ・クリントンは宇宙から来た

──サン・ラーやファンカデリック、アフリカ・バンバータやあなたたちのように、アメリカの黒人音楽家で大きなムーヴメントを起こした人たちは一様に宇宙をモチーフにしています。例えばジョージ・クリントンも〈われわれは地球上の存在ではなく、宇宙から来たのだ〉と歌っていましたよね。それはなぜだとお考えですか?

D「そうだ、ジョージ・クリントンは宇宙から来たんだ」

J「そうだ。みんなそう信じているよ」

D「ネプチューンから来たんだ」

J「俺たちもここから来たわけじゃない」

──そう信じているのですか?

J「それは真実だよ。信じているとかどうとかではなくてね」

──それは音楽に反映されていますか?

J「それは……そうだな。俺にとってそれは、作品に取り組むのにより理論的な視点であると思っている。宇宙には正しいことも間違いも、右も左も、上も下も、白も黒も、1番も2番も、そういったものが何もなくて、その代わりに多くの謎があるだろ?だから、宇宙から始めるっていうことは、より理論的な基盤になると思っているよ。〈もしも……〉というシナリオに興味を惹かれるんだ」

──デリックはなぜ宇宙に惹かれるのですか?

D「俺たちにとって必ずしも過去が喜ばしいものではなかったから未来に焦点を当てるんだ。未来には過去に存在したような抑圧や制限がないからね。映画のように未来を想像すると、みんなが仲良く暮らしていて人生がよりオープンマインドになっていたり想像できるし、たとえ潜在意識だとしても未来がもっと幸せに、そして理想的なものに思えるんだ。だから自分たちの出てきたところよりもいいと思えるんだよ。

でも、俺たちは君がいうようにサン・ラーやファンカデリックみたいな伝説的なアーティストたちと並んで語られるような存在なのかな? サン・ラーは何十枚もアルバムをリリースしているし、マイルス・デイヴィスだって30枚以上もアルバムをリリースしている。彼は8か月ごとにアルバムを作っていたんだろ? いろんなアーティストといっしょに仕事をして、次から次へと曲を作っていったんだよ。俺たちは君が名前を挙げたようなアーティストと並べられるようなレヴェルに到達していないと思うんだ。もしマイルス・デイヴィスが生きていたら、その話を聞いて笑うと思うよ。比較にならないよ。俺たちなんてなんでもないし、俺たちはまだやらなければならないことがたくさんあるから。ぜんぜん時間が足りないと思っているんだ」

J「まったくそのとおりだよ」

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