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特集

CARL CRAIG ―― アヴァンギャルドな開拓者

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2003年05月15日 14:00

更新: 2003年05月20日 17:28

ソース: 『bounce』 242号(2003/4/25)

文/門井 隆盛

デリック・メイの弟分としてエレクトロニック・ミュージックの世界へと足を踏み入れたカール・クレイグは、90年にデビューし、91年に自身のレーベル、プラネットEを立ち上げ、69名義ではテクノ、ペーパークリップ・ピープルとしてはハウス、インナーゾーン・オーケストラとしてはジャズ……とさまざまな名義を用いながらその突出した才能を自由奔放に表現し、それぞれの分野で高い評価を受けている。そして、2000年より2年間に渡り〈Detroit Electronic Music Festival〉のクリエイティヴ・ディレクターとして150万人規模のフェスティヴァルを指揮した。

デトロイトのエレクトロニック・ミュージック・アーティストのなかでもっともジャズ・スピリットを感じさせるのはカール・クレイグだ。しかし興味深いことに、彼はジャズとエレクトロニック・ミュージックの関連性について「サブリミナル(無意識的)なもの」だとしている。それは、多くのジャズ・ミュージシャンたちがエレクトロニクスを使った音楽に対して懐疑的であったため、直接的な関連性は生まれなかったということである。しかし、デトロイトの街のジャズ・シーンには現在目立った動きがないとはいえ、ジャズは常に街の中に存在し、サブリミナルにクレイグを影響し続けていたのだ。そして彼は、不世出の名作であるインナーゾーン・オーケストラの『Programmed』を制作するに至る。元サン・ラーのドラマーであるフランシスコ・モラJr、ターンテーブリストにリクルースらを迎えて行われたエレクトロニクスとジャズの融合は、エレクトロニック・ミュージックが抱えたコンプレックスを解消し、新たなる可能性への扉を開いたといえるだろう。

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そして、2002年にデトロイト・エクスペリメントにエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加。自身もシンセサイザー、ギター、ベースなどを持ち、マーカス・ベルグレイヴ、フランシスコ・モラJr、アンプ・フィドラ-(元Pファンク・オールスターズ)といったデトロイト出身のミュージシャンたち24人と共に、一か月間デトロイトの中心部のスタジオでセッションを繰り広げた。余談だが、この噂を聞きつけたミュージシャンたちが集まってきて、セッションはさらに盛り上がったそうだ。そして、このセッションでレコーディングされた音源は編集され、『The Detroit Experiment』としてリリースされた。マーカス・ベルグレイヴの名曲“Space Odyssey”、スティーヴィー・ワンダーの“Too High”などを始めとするカヴァー曲を中心にカール・クレイグが書き下ろしたインタールードなど全14曲が収録され、充実した内容に仕上がっている。

カール・クレイグは、アヴァンギャルドな精神を体現し、未知の可能性に常に挑戦しつづけているアーティストだ。彼にとってアヴァンギャルドとは「音楽的にオルタナティヴな提案をし、常に境界線(限界)を押し広げていくということ。そしてそれを人の理解の範疇に置くこと」。以前彼はそう語ってくれた。

▼関連作品を紹介


ール・クレイグ『More Songs About Food And Revolutionary Art』(Warner UK)

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