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特集

デトロイト、街とその音楽 ―― wayback

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2003年05月15日 14:00

更新: 2003年05月20日 17:28

ソース: 『bounce』 242号(2003/4/25)

文/bounce編集部

デトロイトの音楽、とひと括りにしても、そこに明確な共通点や筋道を見い出せるか、といったらそれは疑問です。ただ、音楽が生まれる背景が音楽そのものになにがしかの作用をもたらすのは確かだと思います。

そもそも農業中心だったミシガンが工業都市の形を成していったのは、1920年代のこと。それに沿ってフォード、ゼネラル・モーターズ、クライスラーの三大自動車メーカーが大規模な工場を設立し、中心地のデトロイトには工場労働者が押し寄せることとなりました。もちろん当時のアメリカはオフィシャルな人種差別が存在していたわけで、人種の比率も強引かつアンバランスなものとなったのは何となくおわかりでしょう。実際にアフリカン・アメリカン(もちろん彼らだけがマイノリティーだったのではありません)人口が増加傾向を辿ると、白人側からの排斥行動が起こったり、それに対して暴動が起こったり……人種間の緊張はひときわ激しかったとか。いかに不安定な形で都市が成り立たざるを得なかったか、という話がこの特集の主題ではないのですが、そもそものバックグラウンドはそういうものだったというぐらいの理解はあったほうが良いかと思います。

未来への希望を描いた音楽──モータウンの登場

 さて、音楽の話をしましょう。〈デトロイトの音楽〉と聞いてモータウンを思い浮かべる人がやはり多いのではないでしょうか。それ以前からもジョン・リー・フッカーなどのダウン・ホームなブルースマンたちが活動していましたし、ジャズも盛んでした(ただ、名を成すために有能なプレイヤーたちはNYをめざすことが多かったようです)。しかし、タムラ/モータウンを創設したベリー・ゴーディJrは、そういったブルージーな音楽よりも、もっと都会的でポップ・センスに優れた音楽を好んでいたようです。そうやって生まれたのが〈Sound Of Young America〉とのキャッチフレーズと共に送り出されたモータウン・マジックでした。ゴーディの選んだアーティストたちは、いずれもスマートで親しみやすく、時代が望む理想的な〈Young America〉像を体現していました(〈Young Black America〉ではありません)。サウンドも人種を問わず楽しめるポップなノーザン・ビートでした。そこには工業都市のダークサイドは表現されすぎることなく(それは便利で未来的なマシーンとしての側面のみを自動車に見てしまうのと似ていた、とも言えるでしょう)、明るい未来や希望、恋愛の諸々などが主題とされました(それはあえて暗い側面に目を向けなかったのかも知れませんが……)。そんなゴーディのプランは成功し、モータウンの音楽は60年代半ば〈ビートルズに対抗できる唯一のアメリカ音楽〉と呼ばれるまでになります。モータウンはピークを迎えました。

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