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特集

YMO(4)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2003年03月13日 15:00

更新: 2003年03月13日 18:39

ソース: 『bounce』 240号(2003/2/25)

文/田中 雄二

本気ではないぼくら

『テクノデリック』成功の意識は、メンバー3人とも共通していた。そうした安静と絶頂の入り交じったなかで〈解散〉も検討されたが、メンバーではなく外部の要請でYMOは83年、限定的に延命されることになった。当時はいまほどロック・ビジネスが巨大ではなく、ミュージシャンの意向が必ずしも反映されることがなかった時代だ。そこで細野は、前年にYMOのパロディー・グループ、イモ欽トリオがヒットさせた“ハイスクール ララバイ”をもじって、〈YMOが日本語で歌謡曲を歌う〉という冗談のようなアイデアで、次作を作ることに決めた。『浮気なぼくら』の〈浮気〉とは、あくまで「本気ではなく」というのが細野の弁。こうして生まれた“君に、胸キュン。”が、公約通りのヒットとなった。そして、YMOはその後~解散までの1年のあいだに、4枚ものアルバムをリリースする過剰なサーヴィスをファンに提供する。だが、その作業は粛々と行われたものだったらしい。

 第2期のころの細野と坂本の衝突の時期を、ビートルズ解散前のレノン/マッカートニーの関係になぞらえたジャーナリストもいたが、すでにその季節は過ぎていた。気が付けば『浮気なぼくら』以降のプロデューサー・クレジットは、細野ではなく〈YMO〉。予定されていた〈散開コンサート〉も、会社のリクエスト通りに履行したYMOは、93年の〈再生〉まで長い沈黙に入る。

 最後の最後に英詞に戻り、当時のメンバー各々の趣味性を素直に表した、最後のスタジオ作品『サーヴィス』の佳曲揃いをいま改めて聴くと、3人の誠実な人柄が見て取れ、微笑ましく思う。

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