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NYの仕掛け人たちに訊く、USヒップホップ/ダンスホール・レゲエ・シーンの現在

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2003年02月13日 16:00

更新: 2003年03月13日 18:05

ソース: 『bounce』 239号(2002/12/25)

文/Minako Ikeshiro

 ショーン・ポール“Gimme The Light”のUS市場でのブレイクがどれくらい凄いのか、何が凄いのか。まず、USのチャートの動きを確認すると、これを執筆している12月中旬現在、ビルボードのシングル・チャートに34週も入り続け7~8位に居座っている。日本でも大ヒットしたネリーとケリー・ローランドの“Dillemma”でさえ24週目である。

 ここで基礎知識として押さえたいのは、日本人のレゲエに対する認識・理解度・愛情が一般的アメリカ人のそれを大きく上回っていること。北米ではダンスホール・レゲエはいち〈エスニック音楽〉なのである。「今の状況はやはり90年代初頭に似ているよね」と話すのは、NYレゲエ・シーンの顔役、ボビー・コンダース。「ほかにもいい曲はたくさんあるから、結局はプロモーションしてもらえるかどうかの問題だよ。アメリカ人にとってレゲエは外国の音楽なんだから受け入れられるのはそんなに簡単じゃない」と慎重な意見だ。90年代初頭にスーパー・キャットやシャバ・ランクスがUSデビューし、ダンスホールが一時盛り上がったのも目撃しているから、どうしても懐疑的になるらしい。北米最大のレゲエ・ディストリビューターであるレーベル、VPの広報担当、ミッシェル・リン女史にも話を訊いた。

「T.O.K.やタント・メトロ&ディヴォンテのシングルあたりから積極的にラジオ・プロモーションを始めたけれど、大きく壁を破ったのが“Gimme The Light”。プロモ・クリップが当たったのが効いて、NYやマイアミ以外のカリブ系移民があまりいない地域でも、普通にラジオでかかっているわよ」と話す。

「あの曲が凄いのは、ストレートなダンスホールのまま受け入れられたこと。今までラジオでかかったのはR&Bやヒップホップの要素を採り入れたレゲエだったからね」と話すのは、DJのマックス・グレーザーだ。ヒップホップDJとしてショーン“パフィ”コムズらのパーティーを仕切る一方で、相棒と共にサウンドシステム、フェデレーション・サウンドを運営、積極的にダンスホールをプレイしている。

「NYで育ったらヒップホップもレゲエも自然に耳に入る。俺みたいにどちらも好きなのはそんなに珍しくないよ」とマックス。ミッシェルも「ふたつとも生い立ちからして近い関係にあるから、ヒップホップのマーケットがこれだけ大きくなったことで、ダンスホールが受け入れられる土壌が出来た」と分析する。ちなみに、マックスによれば“Gimme The Light”のリリックをアメリカ人が聴くと「最初はわからないところのほうが多くて、繰り返し聴くうちに掴めてくる」らしい。要は、トラックが良ければ言葉の壁が多少あってもヒットするのだ。音に関して言えば、ヒップホップだってダンスホールの影響を受けている。バスタ・ライムスの最新シングル“Make It Clap”はレゲエの大人気リディム、〈Diwali〉の手拍子ダンスからアイデアをもらったはずだし、「ティンバランドの音の切り方もかなりダンスホールに近い」というマックスの指摘も外れていないだろう。

“Gimme The Light”がリリースされたのは2001年。じわじわと時間をかけてチャートを上がり、〈しつこく〉ヒットしたのだが、その背景にキャット、シャバらの先発組やヒップホップ・アクトと共演したバウンティ・キラーやビーニ・マンの努力といった長い道のりが横たわっている。VPはシンガーのウェイン・ワンダーやコンシャス系のシズラのプロモ・クリップも制作、新たな層を開拓する意気込みだ。ミッシェルが言うには、「ブジュ・バントンやシズラはオルタナティヴ・ロックを聴く層から人気がある」のだそう。

 2003年、レゲエがどう旋風を巻き起こすか。めっちゃ楽しみだ。

▼文中に登場したアーティストの作品を紹介。


ボビー・コンダース率いるマッシヴBのコンピ『Massive B All Stars』(Massive B)

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