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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2002年12月19日 12:00

更新: 2003年03月20日 13:34

ソース: 『bounce』 238号(2002/11/25)

文/出嶌 孝次

例えば、火星で生まれていても

現在33歳だというヴィクターのキャリアは、80年代末にジャジー・ジェフが設立したタッチ・オブ・ジャズ・プロダクション(以下ATOJ)でのスタジオ・ワークにまで遡る。まだ本名のヴィクター・エマニュエル・クックを名乗っていた彼は、そこでジェイムズ・ポイザーとも出会い、その後はフィリー・ソウルを代表する偉人、ギャンブル&ハフのもとに身を寄せている。

「最初にジェイムズと会ったのはジャジー・ジェフの紹介だった。彼はキーボード奏者でさ、俺たちはいろんな仕事を通じてお互いに学んだり得るものが多かった。だから彼とはいまでもライティング・パートナーなんだよ。ギャンブル&ハフとも、やはりATOJで仕事をしている時に、ジェフの紹介で親しくなったんだ」。

彼自身の音楽性とフィリーという土地との関連性について尋ねると、「あるかも知れないし、ないかも知れないね。ただ、自分がどこに生まれ育とうが──極端な話、火星で生まれても東京で生まれても、結局いまのサウンドを作ってると思うよ(笑)」との答えが。確かにそうだろうが、彼のようなスペシャルな才能に大いなるチャンスを与えたのがフィラデルフィアの街であることだけは間違いない。現在のヴィクターを語るうえで欠かせないもうひとりのキーマン、キング・ブリットとも彼はそこで出会っている。

「キングは僕と同じ高校に通っていたんだ。それが出会いだね。イビザとかマイアミとか、ダンス・カルチャーについてのあらゆることは彼に教わったんだ」。

キングの影響でDJ活動にもますます没入していったヴィクターは、ジェイムズ・ポイザーと共にニュー・クラシック・ソウル~ネオ・ソウルの隆盛に立ち会う一方で、キング・ブリットとハウス文脈で活躍するという現在のスタンスを固めていく。

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