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特集

BROTHERS GONNA WORK IT OUT !? パブリック・エナミーとヒップホップ、ブラック・アメリカの歩み

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年08月22日 16:00

更新: 2003年03月13日 18:47

ソース: 『bounce』 234号(2002/7/25)

文/bounce編集部

87年
・パブリック・エナミー、デビュー
・元ブラック・パンサー党員ヒューイ・ニュートンがオークランドで銃殺される

88年
・「ドゥ・ザ・ライト・シング」公開
・〈Stop The Violence〉ムーヴメント
・グリフの反ユダヤ発言、グループ脱退
・アフロセントリシティーの拡大

90年
・ブラック・モズリム改宗ラッパーの増加
・「ニュー・ジャック・シティ」公開
・アイス・キューブ“Black Korea”が問題に

91年
・「マルコムX」公開。〈X〉ブーム
・アイスT“Cop Killer”が問題に
・警官による黒人男性暴行事件がLA暴動に発展
・フレイヴァー・フレイヴ逮捕
・OJシンプソン裁判

94年
・「パンサー」公開
・PE、活動休止宣言
・2パック、ノトーリアスBIGが銃死
・PE、活動再開。グリフが復帰
・PE、デフ・ジャムと訣別

98年
・警官が非武装の黒人男性に41発発砲して射殺。〈アマドゥ・ディアロ事件〉として批判が集中

99年
・パンサー党員、ムミア・アブ・ジャマルの釈放を訴える〈Unbound Project〉が始動
・米国同時多発テロ事件
・アカデミー賞・主演男優賞および女優賞を史上初めて黒人俳優が独占

02年
・LAPDによる黒人少年の暴行が発覚

上の年譜はパブリック・エナミーが初のアルバムをリリースした87年以降、社会的、カルチャー的な側面から〈黒いアメリカ〉史に残るであろう事件や事象を並べたものだ。時代の空気を敏感に察知しつつ、意識の高揚や問題の追求に努めてきたことがわかるはずだ。そんな歩みのなかで、そもそもは〈白いアメリカ〉に対して挑発するような言葉を投げかけてきたPE、というかチャックDだが、内外両面の要因によるさまざまな事件が顕在化してきたためか、その視点は〈黒いアメリカ〉内側へもバランス良く向けられるようになっている。

今回チャックDのインタヴューを行った際、彼は例のテロ事件について非常に醒めていた。それに象徴的なようにチャックDは迂闊じゃない。彼の冷静さにこそ、時代を見極めてきたPEの神髄があるのだと思う。


94年のコンピ『One Million Strong』(Black Jam)


映画「Panther」に着想を得た95年のコンピ『Pump Ya Fist』 (Avatar)


ムミア釈放運動から生まれた2000年のコンピ『The Unbound Project Vol. 1』(Ground Control)

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