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特集

いまを生きる55歳のボウイ

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年07月11日 18:00

更新: 2003年03月13日 18:53

ソース: 『bounce』 233号(2002/6/25)

文/村尾 泰郎


 デヴィッド・ボウイはいつも少年のように無防備な瞳で世界を見つめてきた。そこには異世界への憧れと、アートへの畏怖、そしてささやかな批評精神がくるくると光を変えて映し出され、ボウイを異色の(つまりは、かけがえのない)ストーリーテラーとして成長させていったのだ。そんな彼の瞳が21世紀最初に捉えた物語『Heathen』。ピート・タウンゼントやデイヴ・グロールといったゲストを迎えたこの新作で、なんといっても話題なのはトニー・ヴィスコンティによるプロデュースだろう。ボウイの70年代という、言ってみればアーティストとしての〈思春期〉に深く関わったキーパーソンとの再会なのだから。

「トニーとは3年くらい前からまたいっしょにアルバムを作りたいって話をしてたんだ。2人がいっしょに仕事をするにふさわしい重みを持った素材……つまり曲が生まれたらその時こそは、ってね。今回曲を書き始めた時、まさにその時が来たって気がついた」。

 つまり、まずは素材ありきということ。しかしどうやら、素材=曲から世界を丹念に構成していくその制作姿勢は、音楽シーンにおいては──彼の創り出す音楽同様──少しばかり風変わりのようだ。

「一度いっしょに仕事をすると〈親友〉になる、っていう不思議な風潮がこの業界にはあってね(笑)。でも僕は違う。常に曲次第なんだ。まず生まれた曲が最優先で……次にそれをどんな空気で包みたいかを考え、そのイメージが自分のなかで見えてきたら、それに合わせてミュージシャンを選ぶ。ひとつのプロジェクトごとにチームを作るようなものさ。つまり、切り拓いて、次に移行していくっていうスタイルなんだ」。

 ではトニー・ヴィスコンティという存在に彼が求めた空気感とはいったいどんなものなのか?〈異教徒〉あるいは〈野蛮〉という意味を持つこのアルバム・タイトルに託したボウイのメッセージは、決して明るいものではないだろう。

「この新作は21世紀の心理状態を表しているんだ。現在、20世紀にルーツを持つモラルや秩序、あらゆる水準のなにもかもが蒸発して消えようとしている。だから、いま現在僕が属するカルチャーや社会が感じるそうした不安や疑問をひとりの人間の目で捉えて拡大してみようと思った。トニーの得意分野は、ある人物が自分の精神性を探求する過程を描いた曲をプロデュースすることではないかと思うんだ。彼はスピリチュアルな問題について、とてもセンシティヴに、気軽に接することができる人なんだよ」。

 だからこそ「このコラボレーションは成功だった」とボウイはきっぱり断言する。

「このアルバムの持つある種の厳粛な趣、それは他のプロデューサーでは生まれなかったものだ。機が熟すまで我慢強く待ち続けて良かったと思うよ」。

 確かにこの新作には彼が言うところの厳粛さ、重厚さが深いトーンとしてある。まるでデヴィッド・ボウイという深い森のなかを彷徨うようなマジカルな精神性。そこには誰も見たことのない美しい泉もあれば、草むらの向こうでざわざわと音を立てる不吉な影もある(「僕が得意とするソングライティングの題材は不安と恐怖、これについては深い造詣があるつもりだよ(笑)」)。ここにはアーティストとして20世紀を走り抜けてきた彼が新世紀へと至る通過儀礼のような、新しいメイクアップに備えた裸の一瞬があるのだ。

「今回は数多くの楽器を自分でプレイしているんだ。ほかのアーティストに比べると技術的に劣っているものもあるけれど、そこには他人には掴み取れないある特別なクォリティーと特徴があるのさ。そのクォリティーをアルバム全編を通してキープしようと決めたんだ。どの曲にも極めて僕らしい音がトラックの真ん中にあって、それがひとりの人間に属する音楽だってことを伝えている。僕がプレイすると、どこかでひとりの孤独な人間が何かを奏でているような、そんな雰囲気の音になるんだよ(笑)」。

 そのタイトルから〈9.11〉の事件を連想することも可能だろう。しかし、曲のほとんどは事件の前に書かれていたという事実(「“Loving The Alien”ですでに〈Heathen〉という言葉は使ってるんだ。要するに状況は変わらず悪化してるってこと」)。つまり、このアルバムにあるのは、変わらない世界に対する怒りや悲しみだ。それは彼自身問い続けてきた答えの出ない大きな疑問でもある。

「アインシュタインは確かこう言ったことがある、〈ヒューマニストであることを学び、ほかのすべてのことを忘れなさい〉(笑)。この言葉を僕は信じてる」。

 そして僕たちはデヴィッド・ボウイという孤独な天体から、空の上から微笑みかけるスターマンから、その信念を美しい歌声として受信できる歓びを与えられている。どんなに内容がシリアスなものであろうと、ボウイという回路を介することで少なくともそれは素晴らしい芸術作品として現れる。難問を詰め込んだ新作『Heathen』が身にまとう至上のエレガンスと、そのポップな触感は、アーティスト、ボウイとしての〈野蛮〉に対する痛烈な反撃なのだ。

「このアルバムは〈20世紀への反省〉といった意味を含んでいると同時に、ただのラヴソングでもあるんだ。そういう捉え方もあるってことさ(笑)」。                 

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