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特集

懊悩を乗り越えた無邪気なボウイ

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年07月11日 18:00

更新: 2003年03月13日 18:53

ソース: 『bounce』 233号(2002/6/25)

文/出嶌孝次

 エキセントリックなボウイを愛した人たちにとって、80年代のボウイは、ことによると現在に至るまでのボウイさえも忌むべきもののようだ。しかし、本当に80年以降はボウイの余生なのだろうか?

 映画出演、そしてクイーンやジョルジオ・モロダーとのコラボレートを経た83年、EMIに移籍したボウイが最初に差し出した招待状は、これまでの含みや企てを盛り込んだものではなく、ただひとこと〈踊ろう〉というものだった。その“Let's Dance”で、豪奢なドラムスとヘヴィーなベース、そしてパーカッシヴなギターを用意したナイル・ロジャースは、アルバム『Let's Dance』も全面制作。いま聴くと相当簡素に削ぎ落とされたプロダクションは、ユーロピアンが渡米して作った『Young Americans』とは異なり、アメリカの表通りへ〈素〉のボウイが飛び込んだ結果だった。同じパワー・ステーションで録音された前作『Scary Monsters』とは段違いのストレートなサウンドには、万人を惹き付けるポピュラリティーと、ポップスター=ボウイの曇りのない笑顔が添えられていた。アルバムが初の全米1位を獲得した後は、〈Serious Moonlight Tour〉で世界を周り、折良く公開された主演映画「戦場のメリークリスマス」ともリンクして、ボウイの名は日本のお茶の間でも知れ渡るものになっていく。

 で、多くのボウイ正史はこの先をスキップすることが常道らしい……でも、しない。確かに、ヒュー・パジャムらが制作にあたった84年の次作『Tonight』は、『Let's Dance』をダウンサイジングしたような内容(失礼)ではあったものの、ジュリアン・テンプル監督のプロモ・クリップで〈ポップスター・ボウイさえ虚像である〉と暴いてみせた“Blue Jean”など聴きモノは多く、総じて分厚いアレンジメントと共に大衆歌手としてのボウイが追求されている。

 この後には、またもや映画出演や企画もの(ハイライトはミック・ジャガーとはしゃぐ“Dancing In The Street”!)が相次ぐ。旧友ピーター・フランプトンをギタリストに迎えた久々のアルバム『Never Let Me Down』は、音楽的野心に乏しいものとして酷評を浴びた。……やはり、ちょっとスキップしよう。89年には悪名高いティン・マシーンを結成し、無精髭でロックンロール・モードへ。ジョン・レノン“Working Class Hero”をカヴァーするなど、ふわふわ金髪の80年代的イメージを懸命に払拭しようとした『Tin Machine』は、結果的にEMIからのラスト・アルバムとなった。90年には“Fame 90”とともにボックス・セット『Sound + Vision』をリリースして、過去の曲を封印するためのツアーにも出た。もちろん、その宣言は簡単に撤回されることになるのだが。

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