こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

60年代のボウイが吸い込んだ時代の空気、その音楽

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年07月11日 18:00

更新: 2003年03月13日 18:53

ソース: 『bounce』 233号(2002/6/25)

文/久保田 泰平

 デヴィッド・ボウイ=デイヴィー・ジョーンズのレコーディング・アーティストとしてのスタートとなったデイヴィー・ジョーンズ&ザ・キング・ビーズは、ブルース~R&B色の濃いビート・グループだった。さしずめ、同時期のローリング・ストーンズのようなものと言えば良いだろうか。そんなキング・ビーズは、64年5月にシングル“Liza Jane”をリリース(しかし、名義はトム・ジョーンズ&ザ・ジョウナズだった。経緯は不明)。そして、その後1年半あまりのあいだに“Catch That Man”“Liza Jane”をキング・ビーズとして、“I Pity The Fool”をマニッシュ・ボーイズ(キング・オブ・ブルース、マディ・ウォーターズの曲名から拝借)の名で、“For Your Love”をキング・ビーズで、“Diggin' My Potatoes”をデイヴィー・ジョーンズ&ザ・ムードの名で、“You've Got A Habit Of Leaving”をソロ名義で、と精力的にシングルをリリースしていく。“I Pity The Fool”“Diggin' My Potatoes”“You've Got A Habit Of Leaving”は、フーやキンクスも手掛けていたシェル・タルミーがプロデュース。しかし、並みいるR&B系ビート・グループの二番煎じ的印象を持たれてか、どの曲もヒットには繋がらなかった。そんなころ、アメリカからモンキーズが上陸。そのメンバーと同姓同名だったジョーンズはそれを嫌い、デヴィッド・ボウイと改名。66年1月に“Can't Help Thinking About Me”、4月に“Do Anything You Say”とシングル・リリースを続けるが、これまた不発(共にプロデュースは、サーチャーズ、ペトゥラ・クラークで名を上げたトニー・ハッチ)。67年6月にはファースト・アルバム『David Bowie』を発表。当時のキンクスやドノヴァンの作品のように、サイケデリック・ムーヴメントから微妙な距離感を保つ感じのフォーク・ロック的作品であったが、これも大きなヒットにはならなかった。そんなふうに60年代における彼の音楽歴は、決して順風満帆なものではなかった。しかし、69年7月にリリースしたシングル“Space Oddity”が初のヒットを記録。明るい未来を予感させながら70年代へと突入していく。

文中に登場したアーティストの関連盤を紹介。



インタビュー