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特集

奇蹟の四人の足跡(2)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年06月06日 13:00

更新: 2003年03月13日 18:55

ソース: 『bounce』 232号(2002/5/25)

文/湯浅 学

これ、日本語かよ?

 はっぴいえんどは現役時代、別に大ヒットをとばしたわけではない。とくに有名だったかというと、そうとも言い切れなかった。レコードを買って持っている奴の数となると、吉田拓郎や泉谷しげるの20分の1だった。モップスが“月光仮面”をヒットさせて復活したり、ガロが“学生街の喫茶店”で有名になったりしていたころ、はっぴいえんどは少数の熱心な支持者によって、ゆっくりとその存在と音楽の素晴らしさが伝えられていったという印象が強い。

レーベルがURC~ベルウッドだっただろうか? フォークのようでもありロックのようでもあり、どちらともつかないのでよくわからないと思う人が多かったからだろうか? 「はっぴいえんどは何を歌っているのかわからない」という意見をよく耳にした。実際、『街風ろまん』と大瀧詠一のファースト・アルバム『大瀧詠一』を始めて聴いた友人は、俺に「これ日本語かよ?」と問うたものだ。しかし、その友人は「この人たちのLP、他にも持ってるの? 持ってるんだったら貸してよ」と言った。「これ、日本語かよ?」とは、褒める言葉だったのだ。<血塗れの空を玩ぶきみと、こかこおらを飲ん>だり、<摩天楼の衣擦れが、舗道をひたすのを見>たりとは、いったいどういうことなのか?と誰もが思ったが、思ったあとに、それを現実として求めたがるために嫌悪感を抱くものと、言葉の作り出す不可解なイメージに未知の広がりを感じて喜ぶ者と、はっぴいえんどの歌詞に対する評価は大雑把に言えばこの2つに分けられた。ロックにしては小賢くて気取っている軟弱な音楽であるとして、ハードでニューなもの以外はロックとは考えられない人々から、はっぴいえんどはひどく嫌われた。<日本語のロック論争>というものと関係なくはなかったが、それはまた別のものだった。

遊園地が<そっぽ向>いたり、古い茶屋の店先に舞い降りてきた静けさが<誰かさんとぶらさが>ったり、都市が<緋色の帆を掲げ>たりするとは。いったい<のっぴきならぬ虹>や<飴いろの雲>の<浮かぶ驛の沈むホーム>はどこにあるというのだ……と、<雨に病んだかわいたこころ>の持ち主たちは思うばかりであった。

以前、吉野金次氏(『風街ろまん』のレコーディング・エンジニア担当)にインタヴューしたとき、はっぴいえんどのどこにいちばん惹かれたのか?という質問に、吉野氏はこう答えた──「リズムに対するこだわりですね」と。4人ともに、リズム・アレンジ、リズム・セクションのサウンド、言葉とリズムの関わりなどにおけるこだわりは特別であったという。はっぴいえんど後の細野晴臣と大滝詠一の作品におけるリズム/ビートの探求ぶりから遡って想像することもできるだろう。「サウンド面のことよりもリズム面での柔軟な思考とひらめきの凄さですね。驚きましたし、感銘を受けましたね」と吉野氏は言う。実は、『街風ろまん』の音は、レコードやCDで聴ける音よりもっと太くたくましいものだったという。そこには<再生の限界>が関わってくるわけだが。

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