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特集

LOKUA KANZA インタビュー

カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2002年05月16日 12:00

更新: 2003年03月12日 18:17

ソース: 『bounce』 231号(2002/4/25)

文/サラーム海上

90年代に登場したアフリカのミュージシャンのなかでも、ロクア・カンザは特別な存在だった。柔らかな歌声、個性的なソングライティング……その豊かな音楽性は、アフリカ音楽しか持ち得ない美しさを備えていた。そして届けられた新作『Toyebi Te』。いま、あらためてロクアの声が世界中に鳴り響く

マリのアビブ・コワテやロキア・トラオレ、シエラ・レオーネのセイドゥー、セネガルのバーバ・マールの近作など、この数年でアフリカン・ポップス・シーンの民俗楽器への回帰とアコースティックな音楽性への志向が同時進行している。いま思えば、生ギターとピグミーのポリフォニーをトレードマークに94年に現れたロクア・カンザはその先駆者だったのかもしれない。

ロクア・カンザの故郷ザイール(現コンゴ民主共和国)でもっとも聴かれているのは、故フランコやパパ・ウェンバらによるリンガラ、スークース、ルンバ・ロックと呼ばれる音楽。スネアを拍の頭で連打するリズムとエレキ・ギターのアルペジオが特徴の、非常に激しいダンス・ミュージックだ。だがロクアは、そんなファッショナブルで享楽的なリンガラを演奏するわけでなく、最初からアコースティック・ギターと静かなパーカッション、森のざわめきや昆虫の声、そして多重録音によるピグミー・コーラスをバックに切々と歌う、いわばアフリカ版シンガー・ソングライターだった。

「まわりの音楽シーンを気にしたことはない。ずっとアコースティックな音楽をやってきたし、最初からこういう音楽をやってたんだ。正直言って、なぜ他の人たちがいまアコースティックな音楽をやっているのか僕にはわからないな。ピグミーの声は、子供のころラジオから流れてきたのを聴いてショックを受けて以来のアイデアなんだ。自然音を入れた理由は夜が好きだからだ。いま、僕が住んでいるのはパリ郊外なので、鳥のさえずりも虫の声も聞こえるんだよ」。

ロクアは58年ザイール(当時はベルギー領コンゴ)東部ブカヴに生まれた。62年にキンシャサに移り住み、幼少時に聖歌隊で歌い、10代には音楽学校で作曲を学んだ。81年に女性歌手アベティのバンドに参加した後、84年に渡仏し、同郷のレイ・レマやカメルーンの大御所マヌ・ディバンゴのグループに加入し注目を集めた。そして93年、アルバム『Lokua Kanza』(邦題は<閃き>。後に<大地と密林の詩>とタイトルを変更してリイシューされた)でデビュー。先にも述べたが、当時はアコースティックなサウンドとピグミー風コーラスが新鮮で、都内のCDショップでも<ディープ・フォレストへのアフリカからの返答>みたいなキャプション付きで結構ヒットしていた覚えがある。95年のセカンド『Wapi Yo』のリリースとともにワールドワイドに知られるようになり、ユッスー・ンドゥールやパパ・ウェンバの作品にも参加した。だが99年の前作『3』はあまり話題にはならなかった。いま聴き直してみると、ワールド・ミュージックにありがちな凡庸なプロダクションと期待どおりのメロディーに新鮮さがあまり感じられなかったからかもしれない。だが、その後の3年間は空白ではなかった。アフリカ諸国を旅し、アフリカンド、ミリアム・マケバ、マーク・アントワンらのアルバムに参加し、いままで以上に豊かな音楽性を身に付けて戻ってきたのだ。

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