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特集

エリスが歌うことによってスポットがあたった、ブラジルの若き音楽家たち

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年04月18日 05:00

更新: 2003年03月13日 18:06

ソース: 『bounce』 230号(2002/3/25)

文/ケペル木村

 1945年生まれのエリス・レジーナは10代の初めから地元のポルト・アレグレで活躍してきたが、本当の意味での活躍は64年3月に彼女がリオに出てきてから。リオに移った彼女は当時のブラジル音楽の最先端に位置していたアーティストたちとさまざまな形で共演を果たし、その素晴らしい歌唱力をもってブラジルの音楽の中心地であるリオとサンパウロで急速にその名を広めていく。

そして5枚目のアルバム『Samba Eu Canto Assim』をリリースしたのが65年、エリスが20歳のとき。ここで彼女は同世代のエドゥ・ロボ、マルコス・ヴァーリ、フランシス・ハイミ、テオ・ジ・バホスら、当時まだ無名に近いコンポーザーたちの曲を採り上げる。そして、その年の4月におこなわれたTVエクセルシオルのソング・フェスティヴァルにて、エリスはエドゥ・ロボ&ヴィニシウスの“Arrastao”を熱唱し〈金のビリンバウ賞〉を獲得、一躍ブラジル音楽シーンのトップに躍り出た。

その後もエリスは積極的に同世代のコンポーザーたち――ジルベルト・ジル、シコ・ブアルキ、ミルトン・ナシメント、カエターノ・ヴェローゾ、ジョルジ・ベン、ジョイス――いわゆるMPB(エミ・ペー・ベー=ブラジル・ポピュラー・ミュージック)第一世代の作品を世に送り出していく。それらの曲をエリスが歌うことによってコンポーザーの側にも注目が集まることになり、彼ら自身も60年代後半に次々とアルバム・デビューを飾っていった。

70年代に入ってからは、さらにイヴァン・リンス&ヴィトル・マルチンスのコンビ、ジョアン・ボスコ&アルジール・ブランキらの楽曲も採り上げてアルバムで発表していき、彼ら自身も斬新なアルバムで世に出ていった。またエリスはヨーロッパでも大好評を博して進出していったが、他のアーティストたちも彼女に追随してヨーロッパへと乗り込んでいくことになった。

このような形で、エリス・レジーナの類い稀なる表現力と、彼女と同世代のコンポーザーたちによる新鮮なコンセプトを持った多くの作品が、相互に影響を与え合いクォリティーを高め合って、〈ポスト・ボサノヴァ〉の70年代ブラジル音楽シーンに〈 MPB〉という大きな流れを生み出していったのだ。

文中に登場するアーティストの代表作を紹介。

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