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特集

ELIS REGINA(4)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2002年04月18日 05:00

更新: 2003年03月13日 18:06

ソース: 『bounce』 230号(2002/3/25)

文/国安 真奈

エリスが残したもの


また、もうひとつ特筆すべきは、彼女が生前に遺したアルバム、数多くのTV特番、ロングランを記録したミュージカルなど、人々の記憶に焼き付けられたステージのどれもが、政治的、経済的に非常に困難だった時代のブラジルで、当局や世論と常に激しくぶつかり合いながら産み出されたものだということだ。作品によっては政府の検閲にかけられ、歌えなくなったものもあった。出演予定だった舞台が直前になって上演を禁止されたこともある。72年にのっぴきならない理由から陸軍の運動会で国歌を歌わされることになったエリスは、弾圧の側に加担した<裏切り者>と、社会からの壮絶な非難に晒された。だが、79年にはジョアン・ボスコ&アルジール・ブランキの“O Bebado E A Equilibrista”──当局に連行され行方不明になった者たちを偲んだこの曲を歌うことで、自身の立場を明確にして見せた。 この曲は、同年から始まった政治犯恩赦を求める市民運動のテーマソングとなり、エリスはその旗手の役を担った。軍事政権による圧政、言論弾圧、貧富の差ばかり広がる停滞した保護経済の下で、行き場のない思いを抱えた国民は、エリスの歌に音楽だけを求めていたのではなかった。そしてエリスの歌声は、そんな厳しい時代とも闘える力を持っていた。人々は彼女の存在に明日への活力、未来への希望を思い描いていたが、彼女はその過大な要求にもしっかりと応え続けたのである。心の中では常に悩み、不安を酒とドラッグで紛らわせながらも。

20歳そこそこで「スター誕生」を地で行く人生を経験し、若くして散った天才シンガー、エリス。彼女亡き後、現在に至るまでの20年間で、ブラジルは民政移管を果たし、劇的な変化を経験。音楽シーンも大きく変わった。魅力的な女性歌手も、もちろんたくさん現れた。しかし、エリスを超える存在感を持つ女性歌手は、いまだ出ていない。

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