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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2002年04月04日 05:00

更新: 2003年03月18日 20:50

ソース: 『bounce』 230号(2002/3/25)

文/若杉 実

社会との接点を探りながら音の生産と構築を繰り返す。それは、クリエイターの責任といってもいいほど大切なこと。IT革命から政界汚職、幼児虐待まで、複雑な人間模様を醸す現代社会は、ここでの井上に繊細かつ大胆なサウンド・テクスチャーを紡ぎ出させることになった。

また、井上を井上たらしめている、あのザラつきのあるトライブ感は今回も健在で、これは個人的にもうれしかったこと(みんなもそうでしょ)。繰り返し聴くたびに新たな表情を見せる音という音。再生ソフトの既成概念をも覆すような<音の使用感>すら、そこから覚えさせられるのだ。そして、そんな音像をうっすらと浮かび上がらせるのは井上の豊かなバックグラウンドである。

「アフリカの打楽器にすぐ反応してしまったりする。でも、もう<ルーツ・ミュージック>とかそういう大げさなものじゃなくて。20代前半までパンク・バンドでギターをやってて、その後からアシッド・ジャズとの出会いがあったり。このとき、いわゆるレア・グルーヴ的な感じで、知らない音への探究心が出てきて、いろんな民族音楽に興味を持つようになった。それは、踊れるとかDJで使えるといったところを越えた<音>への興味にすぎなくて。だから、改めて考えたところで、なぜ好きになったかはわからない。たぶん、それが民族音楽であるかってことも重要じゃないんだと思う。例えば、デリック・メイのDJを爆音で聴いて身体がナチュラルに揺れてしまうことと、それは同じ」。

アルバムには光沢に富んだストリングス・アンサンブル(坂本龍一や4ヒーローとの仕事で知られるエヴァートン・ネルソンによるもの)がいっぱいに敷き詰められ、そこに無数のドット柄がプリントされるように、いくつものパーカッションがアクセントとなって配置されている。ブラジルはリオの名門サンバ・チーム、マンゲイラに在籍していた名手ピルリートと、その打楽器グループによるものだ。音素材を採集するために、井上は現地にまで足を運んでいる。

「初めての経験。場所はリオだけだったけど、1週間ほど滞在してて。でも、ちょうどオフシーズンだったから、街は意外にも静かで、サンバとかトロピカルといったイメージは、もうどっかに飛んでしまってた。すごく内省的だったり、しっとりした雰囲気があったから。ただ、それが逆にリアルだったりね。街は予想以上に近代的だったけど、路地裏に入るとテントを張ってマーケットをやってるような雑多な場所があって、それが昔行った東南アジアの町並みをダブらせるものがあった」。

見るものすべてが新鮮なブラジル体験。音のみならず、実際に目にした光景や肌で感じ取ってきた空気も井上にては、まさに宝石のような輝きを放っていたのだろう。

が指し示すものとは?

ところで、アルバム・タイトルにもなっているには、<それから/そのあと>といった意味合いがある。井上が指南する<それ>とは?

「<9.11>──この日(全米同時多発テロ)はボクにとって忘れられない1日となってしまった。特に今回の制作中には、そのテロやアフガン侵攻がおこなわれてたもんだから」。

もちろん、これは反戦やポリティカルな言動が含まれたアルバムではなく、芸術的観点から世のあらゆる情勢に触発され作品としてのアイデンティティーを保っているものだ。結果、<9.11>を介して沸き上がることになるポジティヴな風は、アルバム完成までの道のりを快適に進めていったようだ。

という言葉とともにオープニングを飾るジャマイカン、パトリック・デイヴィスのポエティックな呼吸に、アングロ・エイジアン、ディーパ・ネアーの深い吐息、塚本サイコ(Museum of Plate)の鍵盤らが呼応しながら、アルバム全体を華麗にデコレーションしていく。ゲストが多国籍なら音は無国籍。しかし、一貫したスピリットが感じられるのは、そこに人類共通の<愛>があるから。それは、例えばコルトレーンの“A Love Supreme”と等価なものだと、ぼくは素直に感じたのだった。

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