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カテゴリ : フィーチャー

掲載: 2002年03月21日 06:00

更新: 2003年03月13日 17:06

ソース: 『bounce』 229号(2002/2/25)

文/小野田 雄

かのローリング・ストーンズは、その世界観の主軸にあるブルースを、その時代時代の音楽トレンドを介することで表現し続けているバンドであるが、こうした例はつまり、ロックが常に過渡期にあることをも意味している。それは時に〈ロックは進化しなければならない〉という誤ったテーゼにすり替えられることもあるが、素晴らしい作品の多くは、あくまで音楽のリアリティーが先に立つ形で、さまざまな試行錯誤をおこなっているのだ。そして、そのリアリティーということに関して言えば、比較的最近誕生したハウスやテクノ、ヒップホップといったアンダーグラウンド・ミュージックが日常化した90年代後半の音楽状況は、ロックの響きの彼方にあるリアリティーにも少なからず変化を与えているはずだし、そうした音楽に接した体験をみずからの音楽に反映することも、ある種のリアリティーの表明であるといえる。

例えば、4つ打ちやブレイクビーツと出会ったCymbalsや northernbrightの近作を聴けば、ギター・ポップあるいはギター・バンドと言った時に浮かぶメロディアスな楽曲とナイーヴな詞世界からなるイメージが、そのフレッシュな印象を増しながら、実は多様性に満ちたものであることを雄弁に物語っているように思うし、あるいはスカとパンクとの出会いから、リズム探求に向かったスキャフル・キングがエスカレーターからリミックス盤をリリースしたり、メンバーであるTAGAMI aka TGMXがデスクトップ・プロダクションを追求したソロ作『Music Library』を完成させた一方、 SNAIL RAMPが新作『GRAVITY』でその鳴りを含めたコンパクトな勢いをロックンロールのフォーマットにトレースしてみせるなど、その音楽性の変遷がバンドの本質をあきらかにすることもある。

また、COALTAR OF THE DEEPERSのようにマイ・ブラディ・ヴァレンタインが歩みを止めた地点からスタートし、その先を模索するべく積極的に音楽性の交配を繰り返しながら、独自の世界観を築きつつあるバンドや、かつてソニック・ユースがポンと飛躍してみせたその間を埋めるところからはじめたCONDOR 44 のようなバンドがいるかと思えば、SADSのようにヘヴィー・ロック的なサウンド作りで〈セックス、ドラッグ&ロックンロール〉のロックンロール・マナーを過剰な形で展開することによって、マリリン・ マンソンやスリップ・ノットといったバンドとは別の今日的なロックのエンターテイメント性を獲得しつつあるバンドなど、英米の音楽シーンを客観視しつつも日本人らしい着想にオリジナリティーを見い出しつつあるバンドも数多い。

また、タイプの異なるさまざまなバンドからなるラインナップによるライヴをおこなうことで、クロスオーヴァー化した音楽性の落ち着く先を作り上げた Dragon Ash主催の〈TOTAL MUSIC COMMUNICATION〉に代表されるアーティスト主導のイヴェント、はたまたロックの歴史におけるファッションとの密接な関係性を今日的な形で発展させたコラボレーションといえる、LOW IQ 01、BACK DROP BOMB、BRAHMANらが参加したシングル“REVOLVER FLAVOUR”などは、その活動自体、間接的なものかもしれないが、音楽を違った角度から響かせるための積極的な試行錯誤であることは間違いない。

しかし、ここで取り上げたアーティストは、各所で起こりつつある現象のあくまで一部の例に過ぎないし、後付けの考察によるものだ。恐らく、この原稿を書いている間にもスタジオやライヴハウスにおいて、ロックは積極的に過渡期へと向かっているはずだし、そこでは日々の変化に反応し得る鋭敏な感覚が求められている。

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