こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

ブルーアイド・ソウルの偉大なる先人たち~アメリカ編

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2001年12月13日 22:00

更新: 2003年03月07日 18:51

ソース: 『bounce』 227号(2001/11/25)

文/渡辺 亨

米国でブルーアイド・ソウルの源流と言うべき現象が起こったのは、50年代後期から60年代初頭にかけてのこと。この時期に東海岸の都市から続々と登場した少数民族系白人によるホワイト・ドゥ-ワップのグループが、ブルーアイド・ソウルの歴史を切り拓いた、と言ってもいい。もっとも、一般的にブルーアイド・ソウルの元祖と言われているのは、62年にカリフォルニアで結成されたライチャス・ブラザーズである。この白人デュオは本当の兄弟ではなかったが、クラブに集まる黒人の常連客から〈お前たちのソウルはライチャス(正統)なものだ。ライチャスなブラザーだ〉と評されたことから、ライチャス・ブラザーズと名乗るようになったと言われている。このエピソードが物語るように、ライチャス・ブラザーズの歌は〈まるで黒人が歌っているように聞こえる〉という意味においてブルーアイド・ソウルだったわけだが、黒人ばりのシャウトで一世を風靡したデトロイト出身のミッチ・ライダーも、同じようなタイプのアーティストだ。

それに対し、65年にニューヨークから登場したヤング・ラスカルズは、単に黒人音楽のスタイルを模倣するのではなく、精神的な面で黒人たちとソウルを共有することをめざしていたグループだった。その証拠に、60年代は公民権運動が盛り上がった時代だが、ラスカルズは次第にこの運動に呼応したメッセージ・ソングを発表するようになり、60年代末には「少なくとも黒人が一人以上出るコンサートにしか出演しない」という声明を発表した。結局、この声明はラスカルズの首を絞めることになったのだが、人種差別問題に真っ向から挑んだ彼らは、正真正銘のソウル・ブラザーだった。また、67年に全米ナンバー・ワンに輝いた“Groovin'”は、R&Bチャートでも3位を記録。同時に、多くの黒人アーティストにカヴァーされた。

ソウル・ミュージックは、黒人の文化だ。〈ブルーアイド・ソウル〉は、このことを逆説的に表わす言葉でもあるわけだが、スタイルを超えた〈ソウル〉を体現することは、白人にもできる。その意味でも、ラスカルズこそが真の意味でのブルーアイド・ソウルをものにしたグループ、と言っていいだろう。

ところで、ホール&オーツはフィラデルフィアの出身だが、彼らの先駆者的存在と言えるのが、ギャンブル&ハフのプロデュースで67年にデビューしたソウル・サヴァイヴァーズだ。とりわけ74年の『Soul Survivors』は、フィリ-・ソウル・マナーが息づいたブルーアイド・ソウルの傑作。残念ながらまだCD化されていないが、日本でCD化することを某社に進言したので、期待していてほしい。


ミッチ・ライダー&デトロイト・ホイールズの編集盤『All Mitch Rider Hits!』(Sundazed)

インタビュー