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追悼 ピーター・ゼルキン(1947年7月24日 - 2020年2月1日)

カテゴリ : Classical

掲載: 2020年02月03日 12:00

ピーター・ゼルキン

情熱的かつ高潔な芸術家で、演奏家からも聴衆からも尊敬を集めたアメリカ出身の名ピアニスト、ピーター・ゼルキン氏が2020年2月1日(土)、ニューヨーク州レッドフットの自宅にて膵臓癌で亡くなりました。72歳でした。

父は大ピアニストのルドルフ・ゼルキン、母方の祖父はドイツの歴史的巨匠ヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュという恵まれた音楽一家に生まれ、父ルドルフ・ゼルキン、ホルショフスキー、C.U.シュナーベル(大シュナーベルの息子)らにピアノを学びました。

1959年、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団との共演でカーネギーホール・デビュー。ところが偉大な父を持つがゆえに、彼は重圧に苦しみます。加えてベトナム戦争が泥沼化し、既成社会の保守的な価値観を否定するムーヴメントが生まれたアメリカ社会の影響も受け、1968年にはピアノからも音楽からも離れ、妻子とともにメキシコに移住しました。自己を見つめなおす時間の中で、1年ほど経ったとき偶然ラジオから流れるバッハの曲を耳にします。「私が音楽をすべきだということが明確になった瞬間だった」と彼は後に述懐しています。

音楽界に復帰した彼はリサイタルだけでなく、一流オーケストラと共演を重ね、多くの名演奏家たちと室内楽演奏を行いました。とくにリチャード・ストルツマン(cl)、フレッド・シェリー(vc)、アイダ・カヴァフィアン(vn)とともに1973年に結成した室内楽グループ“タッシ”(チベット語で“幸福”の意味)でのラディカルな活動は当時の音楽界に大きな刺激と興奮をもたらしました。

5世紀に及ぶレパートリーを誇った彼は、同時代作品の紹介にも情熱を傾け、武満徹、ヘンツェ、ベリオ、ナッセン、ゲール、ウォリネン、リーバーソンといった時代を牽引した作曲家たちから作品を捧げられました。

初来日は1975年。小澤征爾指揮サンフランシスコ交響楽団・日本公演のソリストとしての来日で、曲目はモーツァルト:ピアノ協奏曲第27番とブラームス:ピアノ協奏曲第2番でした。親日家でもあり、被爆地・広島に思いを寄せており、2017年に広島交響楽団「平和の夕べ」コンサートへの参加は記憶に新しいところです。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
(タワーレコード 商品本部 板倉重雄)

ピーター・ゼルキン/明子さんの被爆ピアノを弾く

広島交響楽団はMusic for Peace のスローガンのもと、被爆ピアノとして知られる「明子さんのピアノ」を支援しています。そして、広響と共演したピアニストの萩原麻未、マルタ・アルゲリッチ、シャルル・リシャール=アムラン、ピーター・ゼルキンに「明子さんのピアノ」を試奏する機会を提供してきました。2017年8月5日「平和の夕べ」コンサートの前日、ピーター・ゼルキンは「明子さんのピアノ」を気に入り、気の向くままにバッハ、モーツァルト、ショパンを立て続けに演奏しました。それを96KHz/24bit で高品位録音したものがこのCDです。
「この楽器は一見すると、シンシナティ製の、ありきたりのボールドウィン・アップライトピアノです。しかし驚くべきことに、その独特な「声質」は、18・19世紀に作られていた古き良きピアノの音色を偲ばせます。それは歌心に富んだ、ぬくもりのある人間的な声なのです。明子さんのピアノの「歌声」は、私たちを癒し、さらには生きていることへの感謝の念を表現してくれます。」
―――― ピーター・ゼルキン
(タワーレコード)

ピーター・ゼルキン/バッハ:インヴェンションとシンフォニア

インヴェンションとシンフォニアといえば,ピアノの初学者が弾くものという誤解,ないしは謬見は未だ一部に存在しよう。しかしこれらの曲集は教育的意図もありながらも,バッハの対位法的技巧の粋が集められた曲集である。ピーター・ゼルキンのこの演奏は,これら曲集が音色の広さに加え,知性の光でテクストを照射することの可能な彼のような第一級の演奏家によって,広く演奏され聴かれるべき曲集であることを強く印象づけるだろう。
(ソニー・ミュージック)

ピーター・ゼルキン・プレイズ・モーツァルト(6枚組)<初回生産限定盤>

1967年から1977年にかけてRCAに録音されたモーツァルト作品の録音を集大成したもの。ピーターにとって初のモーツァルト・ソロ・アルバムとなった1967/69年録音のソナタ+小品集では、アファナシエフやポゴレリチも真っ青の、極限まで落としたテンポで一音一音丁寧に弾き込んだ凄演。雰囲気に頼らず、研ぎ澄まされた音色でひたすら論理的に弾き進んでいく彼らしいスタイルで、先の読めない緊迫感さえ感じられます。1973年10月に名匠アレクサンダー・シュナイダー指揮イギリス室内管と集中的に録音されたピアノ協奏曲6曲では、指揮者の柔和で歌心に富んだアプローチの中での透明かつ愉悦に満ちた音作りが、タッシ・メンバーとのピアノ五重奏曲では、気心知れた音楽家との自由自在な音楽が強く印象に残ります。特別収録として、父ルドルフと共演した1962年のマールボロ音楽祭での2台のピアノのための協奏曲を収録しています。
(ソニー・ミュージック)

ピーター・ゼルキン/ショパン:ピアノ作品集(2枚組)

もともとは1978年から1981年にかけて録音された音源で、ピーターならではの独自の観点によるレパートリー、LPの表裏、作品の調性・雰囲気・配列などがじゅうぶんに考慮された絶妙な構成によって、発売時静かに高い評価を得ていた名盤。音楽と真剣に対峙するピーターならではの、おそめのテンポと純粋な音色で紡ぎ出される、他のありきたりなピアニストとは一線を画した独特な解釈は、甘いサロン音楽として見られがちなショパンの音楽からかけがえのない真実味を引き出しており、友人でもあった作曲家の故・武満徹にも絶賛されていた。LP3枚分の曲順をそのまま生かしてCD2枚分に収録している。
(ソニー・ミュージック)

17~20歳のピーター・ゼルキン&小澤征爾/バルトーク、シェーンベルク:ピアノ協奏曲集、他
世界初CD化 シェーンベルク:5つの小品、幻想曲を含みます!

小澤征爾は1964年から69年にかけて(29歳から34歳にかけて)、シカゴ交響楽団の夏の本拠地であるラヴィニア音楽祭の音楽監督をつとめました。その時期に、RCA Red Sealにシカゴ交響楽団と録音したアルバムを、オリジナル・カップリング収録したボックスです。ピーター・ゼルキンとはバルトークのピアノ協奏曲第1&3番とシェーンベルクのピアノ協奏曲を録音しましたが、前者はピーターが17~18歳(!)、後者は20歳、つまり彼が音楽活動を一時停止する前の録音です。各ディスクはアメリカ初出LP発売時のオリジナル・カップリングを採用しているため、小澤&シカゴ響ではない演奏も含まれており、シェーンベルクのピアノ協奏曲にカップリングされたピーター・ゼルキン、アーノルド・スタインハートによる「ピアノのための5つの小品」と「幻想曲」は、これが世界初CD化でした。若きピーターを知る上で欠かすことのできない一組です。
(タワーレコード 商品本部 板倉重雄)

ピーター・ゼルキン&ブーレーズ/シェーンベルク:ピアノ協奏曲

1985年10月、EMIスタジオ、ロンドンでのデジタル録音。ブーレーズは 「ピアノ協奏曲」 を再録音していますが、鬼才ピーター・ゼルキンをソリストとしたこの録音の価値は不滅です。なお、 「ヴァイオリン協奏曲」 はブーレーズ2回目の録音でした。
(ワーナーミュージック)

タッシ/メシアン:世の終わりのための四重奏曲<期間生産限定盤>

"ソニー・クラシカル名盤コレクション1000"第1弾。20世紀フランスの大家メシアンが第2次大戦中に収容所内で作曲、初演も同じ収容所内で行われた「世の終わりのための四重奏曲」。1973年に、ピーター・ゼルキンをはじめとする演奏家が現代音楽の名作を演奏する目的で結成した"タッシ"の初録音であり、作品を世界に知らしめた1枚。
(ソニー・ミュージック)

ピーター・ゼルキンが弾く同時代音楽