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映画『マリリン 7日間の恋』

カテゴリ
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公開
2012/03/14   12:55
ソース
intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)
テキスト
text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)


現実と虚構の網の目の中で、
もつれることなく描かれる真実の〈赤い糸〉

子供の頃、日曜洋画劇場で『王子と踊り子』を見て、ずいぶんヘンな映画だと思った。監督を兼ねたローレンス・オリヴィエとマリリン・モンローの共演自体が不自然だし、セットがやたら豪華なぶんだけ、ふたりの噛み合わないコメディが寒く感じられた。結局、リチャード・アディンセルが書いた主題歌《アイ・ファウンド・ア・ドリーム》をモンローが歌う場面くらいしか記憶に残らず、その後まともに見直そうともしなかった。有名な『ローレンス・オリヴィエ自伝』を読むと、撮影前のオリヴィエは彼女に恋するつもりだったのに、撮影後の彼女を空港に送り出す時は、マスコミ向けにキス写真をいやいや撮らなければならなかったという告白が出てくる。まあ、映画の出来から察すれば、そんなものだろう。

ところが、この映画の撮影中、マリリンは別の男性に恋をしていた! 当時、サード助監督を務めていたコリン・クラークが回想録を出版し、モンローとのロマンスを暴露したのである。これを映画にしたら『王子と踊り子』どころか、『ローマの休日』か『ノッティング・ヒルの恋人』級のロマコメに大化けするのではないか。女は世紀のセクシー女優、男は映画界で駆け出しの雑用係。身分違いの恋という設定に加え、のぞき見根性をくすぐる〈実話の映画化〉という要素もある。かくして、これが劇場用長編映画デビューとなるサイモン・カーティス監督、『王子と踊り子』が撮影されたパインウッド・スタジオの中に当時の現場を再現し、撮影所の舞台裏を描いた映画なのに〈オール現地ロケ〉という、頭がこんがらがってくるような状況で撮り上げた魅力的な作品が『マリリン 7日間の恋』である。

そもそも本作のキャスティング自体、現実だか虚構だかわからないスリリングな面白さに満ち溢れている。まず、マリリン役のミシェル・ウィリアムズ。2008年、ご存知のように彼女は元婚約者ヒース・レジャーを急性薬物中毒による死──これはマリリンの死因でもある──で失う悲劇に見舞われている。その彼女が、よくぞこのマリリン役を引き受けたと本当に驚くほかないが、素顔は決してマリリンに似ていると言えないミシェルは、持ち前の演技力ですっかりマリリンになりきった上で〈スキャンダラスな女優〉というヴェールの下に覆い隠された〈素顔〉を表現するという、これまた頭がこんがらがってくるような状況を、役柄に見事に活かしている。

対するオリヴィエ役のケネス・ブラナーは、かつて〈オリヴィエの再来〉と呼ばれていたこともあり、誰もが納得のキャスティングだろう。加えて、ブラナー自身が映画監督であり、『王子と踊り子』の現場とかなり近い状況を身をもって体験しているという強みもある。以前、筆者がある映画の取材でブラナーと直接話をする機会を得た時、彼はあるプライドの高いスター(敢えて名前は出さない)を演技指導するためにいかに気を遣ったか、かなり生々しい苦労話を教えてくれた。むろん、そうした情報を知らなくても、ブラナーのオリヴィエ役は圧倒的な説得力をもって迫ってくるが、マリリンを相手に散々手こずるオリヴィエ役のブラナーを見ると、これまた現実と虚構の区別がつかなくなってくるのである。

そうした〈映画的仕掛け〉を楽しみながら、我々は助監督コリン(エディ・レッドメイン)の視点を通じて、ある〈真実〉と向き合うことになる。慣れない外国で、仕事がうまくいかず、夫との仲は冷え切り、不幸な家庭環境に起因する精神的問題を抱えた、孤立無援の人妻が、もしも助けの手を求めてきたら、男ならどう反応するだろうか? やさしさで、彼女を包んであげるのではないか? それがたとえ、恋と呼ばれるものに変化したとしても、男は一度差し伸べた手を引っ込めたりはしないだろう。その張りつめた恋こそが、現実と虚構の網の目の中で、もつれることなく描かれる真実の〈赤い糸〉なのだ。

音楽では、ラン・ランがアレクサンドル・デスプラ作曲《マリリンのテーマ》を情感豊かに演奏し、真実の愛の〈赤い糸〉を際立たせている。極めつけは、ミシェルが吹替なしで《アイ・ファウンド・ア・ドリーム》を歌い、マリリン以上にマリリンなヴォーカルを披露したこと。すごいぞ、ミシェル!

映画『マリリン 7日間の恋』

監督:サイモン・カーティス
音楽:コンラッド・ポープ
       「マリリンのテーマ」作曲:アレクサンダー・デスプラット
         ピアノ演奏:ラン・ラン
出演:ミシェル・ウィリアムズ/ケネス・ブラナー/エディ・レッドメイン/ドミニク・クーパー/エマ・ワトソン/ジュディ・デンチ他
配給:角川映画(2011年 アメリカ・イギリス 100分)
◎2012年3/24(土)全国ロードショー
http://marilyn-7days-love.jp

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