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パンク以降の試行錯誤の歴史を27作に渡って鳴らし続けるフォール

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2010/06/16   18:01
テキスト
文/久保憲司

 

ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場 の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、UKポスト・パンク・シーンの隠れた重鎮、マーク・E・スミスが率いるフォールについて彼らはパンク以降の〈破壊の歴史〉を、その試行錯誤を27作に渡って鳴らし続けているのかもしれない

 

フォールの27作目『Your Future Our Clutter』がとってもいい。しかし、27作目って。映画「24 Hour Party People」にちょこっと出たマーク・E・スミスを見たらほとんどおじいちゃんで、〈あっ〉って思ったけど、その音楽は、声は、知性は何ひとつ衰えていない。

同じ映画に、同じちょい役で出ていたマンチェスターのもうひとりの知性、マガジンのハワード・ディヴォートがほとんど活動していないことを考えると、本当に凄いことだと思う。NMEラジオを聞いているとマガジンの曲がよくかかっているし、いま、とても再評価されているバンドなんで残念だと思う。パンク全盛の頃の、いやパンクを作った張本人のひとりなのに、みんながギターをかき鳴らして叫んでいる頃にバズコックスを抜け、静かな闇のなかで低く囁くように歌っていたハワード・ディヴォートの変化の仕方は、トム・ヨークがグランジから自分の音楽を見つけていったのとダブって見える。マガジンはいまのバンドに多大な影響を与えている。

そして、フォールもペイヴメント、フランツ・フェルディナンド、LCDサウンドシステム、DJシャドウ、モブ・ディープ、ウータン・クランのRZAなど、本当にいろいろなミュージシャンが影響を受けた、好きだと言っている。ぼくもフォールの1作目『Live At The Witch Trials』が出た時からフォールのファンだった。でも何で好きかというと、都市の歪みを歌っているからだ、くらいしかし言えなかった。しかし、パンク以降の歴史を見事に語った名著「ポスト・パンク・ジェネレーション1978-1984」でサイモン・レイノルズはフォールのことをうまく言い当ててくれている。〈マーク・E・スミスはアンフェタミンを打ってわめくかのような、アルコール漬けでくだを巻くような独特のヴォーカルで工業的な汚れの感覚を混ぜ合わせ、北部イングランドのマジック・リアリズムとでも呼ぶべき何かを発明した〉――すごい。ぼくもこんな文章を書けるようになりたい。

これでフォールとアメリカの狂気、ペル・ウブの音楽が見事に繋がる。ぼくは子供の頃、ペル・ウブの1枚目のシングル“30 Seconds Over Tokyo”が恐くって、恐くって仕方がなかった。こんな音楽を聴いていたら気が狂うんじゃないかと思っていて、彼らのデビュー・アルバム『The Modern Dance』は大人になるまで聴けなかった。シングルで気が狂いそうになるんだから、アルバムなんか聴いたら本当に気が狂ってしまうのではないかと思っていた。U2のボノにも多大な影響を与えたこのアルバムを大人になって聴いたら、ジョイ・デイヴィジョンとペル・ウブが同じようなことを歌っているのにびっくりした。「ポスト・パンク・ジェネレーション1978-1984」はその繋がりを見事に書いている。そして、「ポスト・パンク・ジェネレーション1978-1984」を読んでいると、レッド・ツェッペリンなんかが昔のブルースをひな形に自分たちの音楽を作ったように、なぜいまの若いバンドが30年も前のポスト・パンクに影響されて自分たちの音楽を作っていったのかがよくわかる。〈パンクでは壊せない〉と思った若者たちの試行錯誤の歴史――ある人は残骸だと思うだろうけど――を、若いバンドたちは有効だと思ってくれているのだ。

フォールに27枚もアルバムを作らせているのはまさにそんなエネルギーなんじゃないだろうか。そして、フォールはますます絶好調なのである。ヘヴィーなビート、カンのようなサイケ感、ヴェルヴェッド・アンダーグラウンドのようなミニマルさ、ガレージ・サイケのようなエキセントリックなぶち壊れ感、そして、マーク・E・スミスのあの声、歌詞。残念ながらマークの歌詞はぼくの英語力では理解不能だけど、この27枚目を聴いて理解してやろうじゃないかという気になっている。しかも、今作までの過程として、前作『Imperial Wax Solvent』はどうなんだろうと聴いたら、これまたいいのだ。じゃ、25作目『Reformation Post TLC』はと聴いたら、これまたいいのだ。ジョン・ピールが〈彼らはいつも違うけど、いつも同じ〉と賛美するようにどう違うのか説明するのは難しいんだけど。本当のことを言うと僕はガレージでサイケなロックンロールが好きだから、〈クランプスさえいればそれでいいねん〉という人なんだが、いまは〈フォールさえいればそれでいいんとちゃう?〉という感じになっている。そんで、こんな53歳のオッサンがこんなにも凄い音楽やってんねんから、僕もやりたいなという気持ちになっている。