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第185回 ─ capsuleのベスト盤は思い出の詰まったタイムカプセル……じゃない!

連載
360°
公開
2009/08/26   18:00
更新
2009/08/26   18:09
ソース
『bounce』 313号(2009/8/25)
テキスト
文/リョウ 原田


  2001年にデビューしたcapsuleが初のベスト盤『FLASH BEST』をリリースした。彼らは現在までに10枚のオリジナル・アルバムを残しているが、その間にその音楽性は大きく3度の変節を迎えたといえるだろう。初期のラウンジ期、歌ものエレクトロ“jelly”に代表されるラウンジ~ハウス~エレクトロ折衷期、そして2007年末以降のエレクトロ推進期だ。いずれも中田ヤスタカがサウンドメイクのほぼすべてを司っているという点において、その足跡に中田のサウンド趣向の変化を聴き取ることができるはずだ。

 初期ラウンジ期、2001年のデビュー・アルバム『ハイカラ ガール』から2005年のSF的コンセプト・アルバム『NEXUS-2060』までのcapsuleは、ちょうどtetrapletrapなどが〈ネオ渋谷系〉アーティストとして認知されてきた時期と符合する。capsuleも当時はルックスも相まってピチカート・ファイヴと比較されることが多かった。音楽的にも、ラウンジ、グルーヴィー・ロック、ボサノヴァ、フレンチ・ポップなど、両者に共通のキーワードはいくつも浮かぶが、改めて聴き比べてみると、その音楽的趣向の差異にも驚かされる。ピチカート・ファイヴが歌と歌伴という歌謡曲の構造(伝統)にかなり意識的な音像であるのに対し、ほぼ中田一人の制作によるcapsuleの場合その音像がまったく違うのだ。ロリータチックなこしじまのヴォーカル、ヴォーカル以上に音像の前景に張り付いてくるバッキング、高速テンポに乗っていくつも仕掛けられるフック(ギミックの入れ方はテイ・トウワに近いかも)、そしてスクエアなグルーヴ・デザイン。当時のcapsuleが手掛けていたのは、SF的な世界観を伴った密室ラウンジ・ミュージックだった!? 今回の『FLASH BEST』にこの時期の楽曲は“レトロメモリー”しか収録されていないが、いま聴けば興味深い内容も多い。ちなみに2002年のシングル“music controller”はラテン・ハウスの様式美の上で、現在の中田メロディーの片鱗が見られる超名曲です。

 そして2005年の『L.D.K. Lounge Designers Killer』から初期キャリアの総括と更新を試みた『capsule rmx』あたりまでの第2期。この時期には、初期ラウンジ路線に混じって近年のエレクトロ路線に繋がるサウンドが見え隠れしはじめる。同作から『Sugarless Girl』までの中田は、エレクトロ・ディスコ、エレクトロ、プログレッシヴ・ハウスなどのフォーマットを次々と採用するのだ。そのアーティスト・イメージも含めて転換点となった2006年のエレクトロ・ハウス名曲“jelly”や、リミックス盤収録の“グライダー(rmx ver)”などで、〈情感を抑えた(過剰に加工された)ヴォーカルが、周辺のサウンドの変化によって表情を変えていく〉というcapsule流ポップの手法が確立。このエレクトロ移行準備期ともいえる時期に、初期からの緻密な編曲がダンス音楽のフォーマットと融合しはじめているのもスリリングだ。

 2007年、中田が手掛けたPerfumeやMEGがチャートを上昇して70曲以上のプロデュース作を残すと、capsuleの役割にも変化が表れてくる。capsuleは〈中田ヤスタカのオルター・エゴ〉として、より先鋭性や踏み込んだ表現が可能になったのだ。2007年の『FLASH BACK』と翌年の『MORE! MORE! MORE!』で、capsuleはいよいよ迷いなくエレクトロの領域に踏み込んでいく。音圧の強いキック&スネアと歪んだFMシンセの上で、歌モノとインストの境界を越えた意欲的なアレンジが爆発。例えば後者に収録された“JUMPER”での出だし16小節を聴けば、上げ下げ自在なテンションに更新感を感じるはずだ。『FLASH BEST』において、この時期の楽曲が中核となっているのにも納得させられる。

 こうしてcapsuleのディスコグラフィーを振り返ると、そこに共通しているのは〈異常に圧縮&増幅された音像〉と〈過剰なほどに緻密なアレンジ〉。密室制作から導かれたこの個性こそがcapsuleのサウンド・シグネイチャーかもしれない。そしてこのシグネイチャーが、現在のエレクトロ路線で最大限に活かされているのだから……ハンパないっす。 

▼capsuleのアルバムを紹介。

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