
ラージ・プロフェッサーと彼の幻のソロ・デビュー・アルバム『The LP』をめぐる、長い長い物語。それはメンバーとの確執からメイン・ソースを脱退したばかりのラージが、ア・トライブ・コールド・クエスト“Keep It Rollin'”のエンディングで告げたさりげないひと言で始まる。93年秋のことだ。
「〈Buy the album when I drop it〉――あれを言った時は、すでに『The LP』用の曲がいくつか出来上がっていたんだ。ちょうどゲフィンとソロ契約を結んだばかりのタイミングで、もっともっとドープなビートやライムを作ろうと意気込んでいた時期だね」。
ラージ・プロフェッサーの代表作といえば、いまではメイン・ソースの『Breaking Atoms』(91年)と相場が決まっている。だが当時のムードとしては、ラージのマスターピースが生まれるのはまだまだこれから、という気運が強かった。実際にその頃、彼のクリエイティヴィティーは第二のピークを迎えようとしていて、その流れのクライマックスを『The LP』に設定する見方はシーンのコンセンサスになっていたところがあった。ナズ“It Ain't Hard To Tell”、オーガナイズド・コンフュージョン“Stress(Remix)”、コモン“Resurrection(Remix)”、トラジェディ・カダフィ“Da Funk Mode”、そしてピート・ロックと作り上げたあの麗しい“The Rap World”。いま聴いても胸がときめく数々のプロデュース作品が期待感を目一杯に煽ると、96年に出た2枚の先行シングル、“The Mad Scientist”と“I Juswannachill”がとどめを刺した。『The LP』は、間違いなくクラシックになる。なにもかもが順調に進んでいるように思えたが、結局そのアルバムが店頭に並ぶことはなかった。
「レーベル内でいろいろと政治的な動きがあってね。アルバムがリリースされなかったことは、もちろん大きな打撃だったよ。業界からは俺がちゃんと仕事をしなかったと思われたからね。いったんそういう評価が下されると干されてしまうこともあるんだ」。
“Keep It Rollin'”でのアナウンスから、実に16年。ようやく手にすることができた『The LP』は、オーセンティックなNYサウンドのひとつの到達点を示す下馬評どおりの内容だったが、だからこそ感慨と同時に複雑な思いも込み上げてくる。ナズとの師弟コラボ“One Plus One”などを聴いて、思わずため息をつくオールド・ファンも少なくないだろう。
「“One Plus One”はアルバムのハイライトだね。あれは突発的なセッションだったんだ。俺がスタジオでレコーディングの準備をしていたら突然ナズがやってきて、いっしょにやらないか訊いてみたら快諾してくれてね。でも、いちばん気に入ってる曲は“Large Pro: Verbs”。当時は聖書にはまっていて、自分なりの格言を書いたんだ。あのリリックは永遠に生き続けると思うよ」。
運命に翻弄されながらも、それに屈することなく着実な活動を続けてきたラージにこんなことを言うのは失礼かもしれないが、もし『The LP』があのとき予定通りにリリースされていたら、という思いはやはり簡単には拭うことができない。『The LP』に対する微妙な感情を滲ませたラージのこの言葉を、皆さんはどう受け止めるだろう。
「いまでも『The LP』のエッジーでタイトなプロダクションは大好きだよ。このアルバムを聴いて頭に浮かぶ言葉はひとつだけ――〈ヒップホップ〉さ」。
▼ラージ・プロ名義でのインスト作品を紹介。

2007年作『Beatz Vol. 2』(Paul Sea)