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第173回 ─ 今度は隣にどなたが座るんですか、HI-Dさん?

連載
360°
公開
2009/04/16   11:00
更新
2009/04/16   17:51
ソース
『bounce』 308号(2009/3/25)
テキスト
文/吉橋 和宏


  日本のR&Bシーンを牽引するHI-Dがプロデューサーの立場から手掛ける〈Special Calling〉シリーズは、シンガーとしても活躍する自身が持つ〈日本語で歌うR&B〉の方法論を他のアーティストにも当てはめることでその可能性を証明する、というコンセプトで展開されている。そのなかでキーとなるのは〈歌詞〉だ。

「俺の意見を言わせてもらうと、日本のR&Bは歌詞がまだまだ発展途上。何年も言ってるけど、洋楽の直訳みたいな歌詞がいまだに多くて(笑)。それは〈どれを聴いても同じように聴こえる〉っていう結果にも繋がりかねないんですよね。実際にそういう声もよく聞くし、それがマイナス要素になってたっていうことも知ってる。そういう歌詞がダメってワケじゃなく、日本語は英語に比べて言葉の選択肢が何倍もあるんだから、もっと〈ナシ〉を〈アリ〉にしてもいいんじゃないかなって」。

 HI-Dがそう考えるのは、彼が〈歌の本質〉を大切にしているからに他ならない。

「〈こうじゃないとR&Bらしくない〉とか〈こうじゃないと洋楽っぽくない〉って理由で言葉を選ぶのは、本来の歌の在り方として本末転倒な気がするんですよ。それはファッション性であって、本当は〈感動できるかできないか〉っていうはっきりしてるところ。そこを変えていかないと、結局はずっと同じことを言われて終わっちゃうのかなって。せっかくいい才能を持ってるこれからの世代にもスポットライトが当たらないっていうのは辛すぎるし。そのために俺がいまできることは、こういうことだと思うんですよね」。

 このシリーズを通してHI-Dが望むのは、自身の地位や名誉、ましてや金のためなどではない。愛する日本の、愛するR&Bシーンを底上げすること――それが彼の目標なのである。

「いままでのR&Bシーンって、足りない部分のノウハウは自分たちの範囲外から持ってくるしかなかったんですよ。そうなると、アーティストにもなかなかフィットしない。このシリーズで俺がそういうポジションに行けたらいいなって思っていたから、ある意味前作でそこは達成できたワケじゃないですか。今回はそれをもっと確固たるものにしたかった。もちろん俺も含めて毎回勉強なんですけど、参加したみんなが〈Special Calling〉での経験を上手く自分の作品にフィードバックしてくれればシーン全体のクォリティーが上がるだろうし、俺も勉強できてクォリティーが上がる。誰かだけが上がっていっても、それがシーンに還元されなければ結局は一過性のもので終わっちゃうし、それって寂しいじゃないですか」。

 今回HI-Dが送り出す『Special Calling ~Exclusive Collection~』は、前作から半年という短期間で仕上げられた。ここまで彼が積極的に、自信を持ってみずからの方法論を押し進めていくのは、前作をリリースした結果、確かな手応えが得られたからでもある。

「もちろん狙ってはいたけど、やっぱりこういう作品は革新的だったみたいで。予想以上に評判が良かったんですよ。だから熱いうちにもう少し見せておきたいなっていう気持ちがあって。前作に関して、地方でもいろんな取材を受ける機会があったんですけど、こういう企画内容だからだいたい女性の方がインタヴューしにくるんですよ。その時に、〈あなたのことも知らないし、R&Bもヒップホップも、洋楽すらもよくわからない。でもこの作品は一人の女性として楽しく聴けた〉って何回か言われたんですよね。そういう人にどれがいちばん良かったかを訊いてみると、意外と凄くR&Bっぽい曲を選んだりして。やっぱり内容で聴いてくれてるんだなって思ったし、歌詞に俺なりの仕掛けを詰め込んでおいたことが何となくでもリスナーに伝わってるっていう感じがして凄く嬉しかったですね」。

 音楽という定義のなかには、正解など存在しない。しかし、HI-Dからの提示に対して返ってきたそれらのレスポンスが、彼の方法論は決して間違っていないということを証明してみせたのだ。

▼HI-Dの近作。

▼『Special Calling~Exclusive Collection~』に参加したアーティストの作品。

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