希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、OZROSAURUSの2001年作『ROLLIN'045』。
●今月の名盤:OZROSAURUS『ROLLIN'045』
MCのMACCHOとDJのTOMOによる横浜発のヒップホップ・ユニットが2001年に放ったファースト・フル・アルバム。風林火山のF.U.T.OとJANBO-MANや元DS455のShalla、MIGHTY CROWNのMASTA SIMONなど、横浜のシーンを形成する面々が多数参加。なお、その後にTOMOは脱退。現在OZROSAURUSは、MACCHOのソロ・ユニットとして活動中。(bounce.com編集部)
ブロンクス 最初に存在を知ったのは高校生?
上野 中3かもしれないっすね。
ブロンクス 〈ストニュー〉(雑誌「東京ストリートニュース」)に出てたんだよね。
上野 そうそう(笑)、〈武相高校のMC MACCHOくん〉って。武相高校にはコンコルドっていう横浜の二人組もいたんですよ。そいういうのもあって意識してました。
ブロンクス MACCHOくんはDJ SACHIHOとか後のオジロ(OZROSAURUS)の相方となるDJ TOMOと並んで、いわゆる〈プレミアム高校生〉のひとりだったよね(笑)。でも、あの雑誌に登場してたほかの高校生は見た目で選ばれてるのに対して、MACCHOくんはすでにラッパーとして出てたし、存在感が違ったよね。
上野 ラップ有名人として誌面を飾ってた。
ブロンクス 当時〈ストニュー〉で、MACCHOくんが好きなラッパーとしてスパイス1を挙げててさ。今考えるとやばいよね。みんながNY一辺倒で、グループ・ホームだなんだって言ってたときに。
上野 確かにそれはやばい(笑)。
ブロンクス その頃からMACCHOくんのラップも、スパイス1とかに通じるマシンガン・ラップだったからね。スタッカート気味と言うか。
上野 当時はみんな、わけもわかってないまま〈ウェッサイ系は下手〉って思ってる時期だったじゃないですか。
ブロンクス そうそう。それに流されてないのがすごい。
上野 高校生の頃のMACCHOくんはまだDS455に所属してたんですよね。あの頃は完全にウェッサイ・スタイルだった。
ブロンクス DSにはShallaさんもいたしね。当時のMACCHOくんの印象というと……確か昔はボクシングをやってたんだよね。マイク・タイソンをリスペクトしていて。〈ストニュー〉に出ているほかのやつらは香水なんかを紹介してチャラチャラしてるのに対して、MACCHOくんはタイソンにスパイス1だからね。
上野 明らかに違いましたよね(笑)。
ブロンクス MACCHOくんのラップを最初に聴いたのは?
上野 ライヴを初めて観たのは、高1か高2かなあ。〈BAY MONSTERS〉っていうレゲエとヒップホップのイヴェントすね。そのときはもうオジロだった。
ブロンクス 俺が最初に見たのは飯島直子と所ジョージが司会やってた「東京Jrジャンク」って番組があったんだけど知ってる? 〈勝ち抜きラップ選手権〉みたいな企画をやっていて。
上野 ありましたねえ! 土曜の昼間か夕方にやってた。
ブロンクス 確かショーグンツァン(ラップ・グループ)が3週連続とかで勝ち抜いてきたところに登場したのがMACCHOくんだったんだよ。ショーグンツァンはそれまではイケイケ・キャラで絶対王者的な存在だったのに、MACCHOくんのすごさをすでに知ってたらしくて、始まる前からガチガチにに緊張しちゃっててさ(笑)。で、MACCHOくんが圧勝で優勝したんだよ、確か。
上野 ショーグンツァン(笑)。有名でしたよね。雑誌「Fine」の〈MC教室〉でも常連だったし。
ブロンクス いまとなってはあんまり名前を聞かない高校生ラッパーが、当時は色々いたよね、MC USKとかMHBとか。
上野 (爆笑)、MHBはやばいなあ。川崎チッタとかに出てましたよね。一度も音源を聴かないままいなくなってたけど。オジロは『ライム・ダーツ』をリリースした辺りから「あれ、この人たちは本当にすごいんじゃないか」っていう空気になった。あのミニ・アルバムって、ZEEBRAさんとかSUさんをフィーチャーしてるんですよね。
ブロンクス なんせラップが上手かったよね。キャタピラでなぎ倒していくような破壊力。でも当時主流の押韻主義の奴らからは、オジロは軽く見られてたよね。それをシングル“AREA AREA”に入ってる“VILI VILI”なんかが一気に引っ繰り返した。
上野 “AREA AREA”は決定打だったかもしれない。その前にDESPERADOとのスプリットEP『DOUBLE IMPACT E.P.2』を出していたけど、その時点ではまだそこまでの騒ぎにはなっていなかった。
ブロンクス “AREA AREA”は本当にアンセムだったよ。色んな人たちがあれを聴いて、地元をレペゼンし始めた。フッド(ストリート、地元)感丸出しというか。
上野 地元密着型のヒップホップ。渋谷がすべてじゃねえっていう。それがあのシングルのメッセージでしたよね。
ブロンクス SDPのKANEくんは“AREA AREA”が大好きすぎて壁に1ヴァース分の歌詞を丸ごと書いてたからね(笑)。