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第12回 ─ 復活した伝説の歌姫、佐井好子

連載
Ho!楽探検 タイムマシーン
公開
2008/03/06   23:00
ソース
『bounce』 296号(2008/2/25)
テキスト
文/北爪 啓之

日本のポップ・ミュージックの歴史に残された偉大なる足跡を探してタ~イムスリップ!!


70年代にわずか4枚のアルバムを残して忽然と姿を消した伝説のシンガー・ソングライター、佐井好子。30年ぶりとなる奇跡の復活作『タクラマカン』(レビューはP75を参照)と未発表ライヴ音源『LIVE 1976/79』、さらに先述の4作が紙ジャケ&リマスターで一挙にリリースされたいま、妖しくも孤高の光芒を放つ彼女の世界をわずかではあるが紐解いてみたい。

 佐井の特異性の核は、江戸川乱歩や夢野久作、横溝正史ら大正~昭和の異端文学の影響を受けた歌詞である。そこには〈逢魔ヶ時〉〈氷の地獄〉〈巨大な蝶〉といった仄暗い言葉が散りばめられているが、深い情感を湛えつつもどこか覚醒した、凛とした歌声が、それらの残酷な言葉を美しく夢幻的な色彩を持つ〈歌〉へと昇華させている。文学性の高さと言葉に拘束されない奔放な感性という意味で、現在のシーンでもっとも近似性を感じるのは椎名林檎だろう。ちなみに佐井の歌唱には、ローラ・ニーロの情念やジョニ・ミッチェルの冷徹さに通底するところもあるが、本人はどちらも「聴いたことがない」らしい。フォーク、ロック、ジャズ、童謡、民族音楽、純邦楽などが渾然となった佐井のアシッドな音世界は類のない独創性を誇っているが、そのジャンルレスなサウンドを構築している腕利きのバック陣も魅力的だ。特にデビュー作『萬花鏡』と続く『胎児の夢』は全編曲を「ルパン三世」の音楽制作で有名な大野雄二が手掛けており、随所に彼特有の洒脱な音作りが施されているゆえ、ルパン好きも必聴。さらに『蝶の住む部屋』は日本ジャズ界の大御所、山本剛のトリオとの共演作だ。他にも高中正義、佐藤允彦、吉川忠英ら錚々たるプレイヤーたちがサウンドにより深い陰影を与えている。また、佐井は画家としての才能も非凡で、アルバム・ジャケットの妖艶なイラストはすべてみずからの手によるものだ。最後に、故・松田優作は佐井の熱心なファンで、自身のアルバムで彼女からの提供曲やカヴァーを披露した恐らく唯一の歌手であることも付け加えておこう。

▼文中で登場したアーティストの作品を一部紹介。