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第15回 ─ 清掃員

連載
星 野 源 の 唄 い だ す 小 説
公開
2007/05/31   16:00
更新
2007/05/31   17:58
テキスト
文/星野 源

毎回選ばれたインストの楽曲にあわせて、登場人物の誰かが突然唄いだすというSAKEROCK星野源によるコンセプチャルな読みきり小説。今回の〈唄いだすインスト曲〉はビーチ・ボーイズによるポップス史上のマスター・ピース『Pet Sounds』に収録されている“Pet Sounds”。タイトル曲を聴きながら、歌詞を口ずさんでお楽しみください。

今回の唄いだすインスト曲:BEACH BOYS“Pet Sounds”
(アルバム『Pet Sounds』より)

  「この部屋は私が清掃しました。西山」

 と書いたメッセージカードをいつも、清掃した部屋に置く。
  わたしがこのビジネスホテルに勤めだしてからもう2年が経ったが、この置き手紙にはどうも慣れない。
  これを置く事で、清掃員に責任感を持たせようという目的なんだろうけど、掃除した本人としてはなんだかおこがましく、泊まる方の身になったとしても、あってもなくても一緒じゃないかと思う。

 「西山さん! また歯ブラシの数間違えたでしょ!」

 となりの部屋から山崎の声がした。
  清掃はいつも二人のコンビで全部屋回るのだけど、一部屋を二人でやるのではなく一部屋を一人で清掃し、終わった後にお互いに相手の部屋を確認する。
  山崎はわたしより後に入ったくせに、やたらとしっかりしている。

 「何度言ったら直るんですか。もう、しっかりしてくださいよ」

 まあ、正論だけど、年下に言われると腹立つわな。
  まあ、正論だから、謝るけど。

 「ごめんねー急いでると、ぼんやりしちゃって」
  「もう、次やったら罰金ですからね」
  「……罰金?」
  「そうですよ、罰金」

 信じられない後輩だ。先輩のわたしに金の罰を設定するとは。
  まあ、でも悪いのはこっちだから、これからは無いようにしよう。

 二ヶ月後、朝出勤すると、従業員の高樹君に言われた。

 「あ、山崎ちゃん辞めたんで」

 突然の事で、意味が分からなかった。

 「え……やめたの?」
  「あれ、聞いてないですか? 寿退社ですよ」

 なんて後輩だ。先輩のわたしに、しかもコンビのわたしに、結婚の報告もなしに退社しやがった。
  そして、高樹君はもっと残酷だった。

 「あのー大変だと思うんですけど、変わりの人がみつかるまで、一人でお願いします」
  「え?」
  「一人で清掃お願いします」

 最低だ。
  今まで二人でギリギリだった仕事を一人でやらされるとは。
  あまりの事にムシャクシャしていた。
  そして、わたしはその日、清掃の最後の部屋のカードにいつの間にかこう書いていたのだ。

 「この部屋は私が清掃しました。勝新太郎」

 やけくそである。
  特に理由はなく、ただ名前を適当に書いただけだった。
  これで苦情が来たとしても、辞める準備はもう出来ていたから怖くはなかった。その日の夜、辞表を書いた。いつでも、高樹君に突きつけられるように常に持っておこうと思った。
  次の日、一人で必死に部屋を清掃した。昨日はムシャクシャしてて、火事場のクソ力でなんとかこなせたけど、この量は一人では無理だ。やっとの思いで最後の部屋に行くと、机の上にカードが置いてあった。
  そこには、わたしがやけくそで書いたメッセージカードにひと言、こう書いてあったのだ。

 「面白かったです」

 感動してしまった。
  2年も書き続けていた手紙に、初めて返事が来たのだ。
  わたしはそれからというもの、全部屋のメッセージカードにその場で思いついた適当な名前を書く事にした。
  驚いたのは、意外と返事を書いてくれる人が多いという事だった。
  「バカじゃないの?」とか、「変なの」とかいう返事も多かったけど、誰もホテルに苦情を申し立てる人は居なかった。
  ある日、わたしが「この部屋は私が清掃しました。安倍晋三」と書いたら、カードの裏に「美しい国の次は、美しい部屋ですか?」と書いてあったり、また別のある日「この部屋は私が清掃しました。横山ノック」と書いたら「夜、ノックさんの霊にドアをノックをされたらどうしようかと思った」などと、うまい事言ってくる人も出て来た。
  ある日、連泊する予定の部屋を清掃した時、何故かギターケースが置いてあったので、ミュージシャンかなと思い、「この部屋は私が清掃しました。ブライアン・ウィルソン」と書いたら、次の日カードにこんな言葉が書いてあった。

 「ブライアンさん、よかったら僕の曲を聞いてください↓」

 と、矢印のマークの先にはSONYのテレコがあり、何だろうと思って再生ボタンを押すと、男の綺麗な声が、うねうねとしたメロディーに乗って、うたいだした。


 ああ もうなにも考えなくていい
 ああ 周りは大騒ぎだけど
 だれか別の人が ああ そう
 考えてくれる はずだよ

もう 世界の平和守らん
 ぼくには ぼくで精一杯なんだ
 超人だからといって ああ そう
 世界を救うとは限らぬ

あーあ もう しらねえ

全部投げ出してしまいたいなあ
 ああ めんどくさいこと全部
 あー
 そこから何が見えるのかな

ああ……

 
 
 全然意味が分からなかった。
  カセットテープには、〈超人の悩み〉と書いてあったので、まあ超人の悩みの歌なんだなあとは思ったけど、だからなんだと言う感じだった。しかし、メロディーはとても面白かった。
  次の日、清掃しにその部屋に行くと、もうチェックアウトしたようで荷物は何も無かった。ただ、小さいメモにメールアドレスが書いてあって、横にメッセージが書いてあった。

 「趣味が合うようですので、よかったら連絡ください」

 趣味ってビーチ・ボーイズの事だろうか。
  なんだか、急な出会いが生まれたようでドキドキした。
  とりあえず、わたしはそのメモを家に持ち帰った。

 その晩は眠れなかった。ミュージシャンとの結婚で寿退社という展開を想像してニヤニヤした。あんな歌を歌う男の人はどんな顔だろう、と想像した。
  しかし次の日、わたしはその紙をゴミ箱に捨てた。
  何故かというと、わたしは今まで返事をもらう事はあっても、一度も返事を書いた事が無く、返事の書き方がまったく分からなかったからだ。

  おしまい。

星野 源


  トロンボーン・ギター・ベース・ドラムスという編成のインストゥルメンタルグループ、SAKEROCKのリーダー。音楽活動と並行して役者業も行い、役者として大人計画事務所に所属している。最近では執筆業も多くなりコラムや小説を連載中。役者として主な出演作品は映画『69 sixtynine』、ドラマ『タイガー&ドラゴン』など。

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