〈は~、ありがたい〉と、ご来光を拝むような気持ちで、ステージに向かって手を合わせていた。あの夜、SHIBUYA-AXでの冨田ラボによる初ライヴのことだ。豪華を絵に描いたような顔ぶれによるたった1度きりのプレミアム・ライヴ、寿司詰め状態の会場で聴いた桃源郷的なサウンドはいまだに生々しく耳に残っているが、私はいま、ふたたび手を合わせている……その夜のライヴの模様を収めたDVD「Tomita Lab Concert」がリリースされたからだ。
「我ながら〈よくやったな〉って、いまは客観的になってて。なんかやり逃げの感覚に近いよね。いや、べつに逃げてないけど(笑)」と冨田は笑う。ライヴは今年3月に行われたが、ミックス・ダウン作業開始は8月――彼は、ライヴ会場の空気をパッケージしただけの単なる記録作品を作ることを避けた。
「音場の作り方もスタジオ・レコーディングっぽくなってるかも。演奏のディテールが楽しめるもの、そしてステージ上で僕が感じていたこと、聴こえていた音を再現しようって意識だったんだよね」。
ライヴ録音とは思えないほどのハイクォリティーなサウンドが素晴らしい。アルバムで聴かせるあの完璧な音のパノラマがここでも展開されているのだ。そして、彼の朴訥としたMCもおもしろい。演奏のスゴさとの落差に、会場からは笑いが起こったほど。
「何が初めてってMCが初だからね(笑)。でも緊張とかはなくて、わりと普段どおりにしゃべってましたよ。いつもスタジオで〈とりあえず終わったけど1回聴いてみて〉ってしゃべってるテンションと同じだ、って金原(千恵子)さんに言われたけど(笑)」。
まぁ、彼がハイタッチしている光景なぞ、想像できないわけだが……。で、さらにおもしろかったのは、彼のMCを聞いていると、会場がまるで彼の部屋のように見えてきたこと。このライヴは、彼が好きなレコードをとっかえひっかえしている場なのではないか、と想像を膨らませたりしたのだった。しかしながら、演奏中も彼の息がまったく上がらなかったのが不思議で……。
「そもそもあんまり汗をかかないけどね(笑)。あ、それでもかいてたほうだけど。すごく盛り上がってたんですよ、ギター激しく弾いて。でも15秒ぐらいで息が整う。そういえば僕、あんまり息切れしている人のライヴは観に行かないかも。死ぬほどのソロを弾き終えた後、ぼそりと〈サンキュー〉って言って次の曲を始めるような人のが多いかな(笑)」。
訊けば彼自身、ライヴ体験が極端に少ないということだ。
「時間の使い方としてライヴに行くっていう考えがなくて。それより演奏するほう、宅録するほうが好きでさ。でも若い頃、良いライヴを観た後とかは悔しかったな。アイデアが沸いてきて、自分でやりたくなってしょうがなかった。それがもどかしいからライヴへ行かない時期もあった」。
「でもライヴをやるのは好きなんだ」と彼は念を押した。このDVDはそんな素晴らしいパフォーマンスを拝見するソフトでもあるけれど、さまざまな要素のなかから浮かび上がってくるのは、彼のコンポーザーとしての稀有な才能である。本作は〈冨田恵一ソングブック〉でもあるのだ。完成された、時の移り変わりに耐え得る強いメロディーをこの先もずっと作り続けてくれるはず……TV画面を見つめながら冨田ラボの未来を考えて、ふと自然に〈ありがとう〉という言葉が口をついて出た。そしてまた、彼の顔に向かってすぐに手を合わせたのでした。
▼冨田ラボの作品。