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第94回 ─ 祝30周年!! 日本にロックの種を蒔いた新宿LOFTの過去、現在、未来

連載
360°
公開
2006/07/13   23:00
ソース
『bounce』 277号(2006/6/25)
テキスト
文/小野島 大

社長が語る、新宿LOFTだからこそ成し得たこと

 東京・新宿のライヴハウス、LOFTといえば、ロックを志す者なら誰もが憧れる〈聖地〉だ。そんな新宿LOFTもこの秋で開店30周年。それを記念して、各レーベルからリリースされるコンピに名を連ねた顔ぶれの豪華さは卒倒モノ。〈一流と言われるバンドで、ここに出たことのない連中なんているのか?〉と考えてしまうほどだ。ある意味でLOFTの歴史とは、日本のロックの歴史そのものと言っても過言ではないだろう。

 現LOFT社長の小林茂明が同社に入社したのは81年。ちょうど〈東京ロッカーズ〉を起点に日本のパンク・ムーヴメントが始まり、ライヴハウスが一気に活気付きはじめた頃だ。LOFTはその中心的存在として、日本のストリート・シーンを先導していた。

「毎日が充実していましたね。お客さんの入れ方、警備の仕方、ライヴが終わってパブ・タイムになったときのお客さんへの対応とか毎日課題があって、それを全員で克服していった。先生がいない学校みたいなものだったね。お客さんとミュージシャンとが一体になって、一からルールを作っている実感があった。LIZARDやE.D.P.S.のすごいライヴを観て衝撃を受けたり……。手探りだったけど、毎日が楽しかったですね。揉め事も多かったけど(笑)。いちばん大変だった連中? やっぱりアナーキーの親衛隊かな(笑)」。

 LOFT名物といえば、打ち上げ。ライヴ後のパブ・タイムで、演奏を終えたバンドやオーディエンス、さらにライヴと関係なく遊びに来た客やミュージシャンが分け隔てなく呑んでいる光景はLOFTならでは。アナーキー、ルースターズ、ARB……。若き日の彼らが毎日のように呑みに来ては騒ぎ、議論し、ときにはケンカしながらLOFTの夜を彩っていたのである。また打ち上げは、例えばレコード会社との契約条件や制作、宣伝状況など、ミュージシャン同士の情報交換の場としても機能し、彼らの地位向上にも役立った。

 そんなLOFTにとって大きな転機となったのは、80年代に到来した〈バンド・ブーム〉だ。「昨日まで10人も入らなかったバンドが、〈イカ天〉でTVに出ると、いきなり300人ソールドアウトになったり」と、それまでライヴハウスに無縁だった人々もお客さんとして押し寄せるようになった。

「でも人が入るなら何でもOK、というスタンスではやらなかった。ブームと関係ないバンドもいっぱい出したし。だからブームが終わったあとも、特に動員は落ちなかった」。

 30年前に比べてライヴハウスの数も増え、クラブという新しい文化も生まれ、〈LOFTしかなかった時代〉から大きく様変わりした現在。だがLOFTの姿勢は変わらない。

「〈バンドを育ててやった〉みたいな意識はないし、といってただの貸しホールでもない。バンドやお客さんといっしょにライヴを作り、発信していく。自分たちの持っている衝動をそのまま届けるような。あとは、マスじゃなく、よりコアなものを求めていくという姿勢。コアなもののなかにこそおもしろいものがあるから。それは昔もいまも同じなんです。そこに過去の歴史とか伝統は関係ない。歴史なんて壊していくものだから」。

 秋に向け、大掛かりなイヴェントも計画中。30歳を迎えた新宿LOFTは、ますます元気だ。