向井秀徳(ZAZEN BOYS)の語り下ろし連載がコチラ。毎回編集部が設定したシチュエーションにもっとも適する(と思われる)ディスクを向井氏に勝手に処方いただく、実用性に溢れたコーナーです。アナタの生活の一場面を、向井秀徳のフェイヴァリット・アルバムとともに過ごしてみるのはいかがでしょう? 第五回目のシチュエーションは〈夏休み〉。いつもよりほのぼのムードでお伝え致します。では向井秀徳、かく語りき。

(いつものように妄想世界に突入~シーン1)
夏休みの真っ昼間、彼は居眠りをしていた。付けっぱなしにしていたTVからは高校野球の中継が流れている。シャンシャンシャン♪シャンシャンシャン♪……長谷川実業、ノーアウト満塁のチャンス!……。居眠りから覚めた彼の耳にも、その音がフェードインして聞こえてくる。彼の名前はともお。団地に住んでる小学生。夏休みに入ってから、同じような毎日を過ごしている。ただ、ダラダラと。1学期の終業式に先生から「何かひとつ目標を立てて、それを達成させなさい」と言われていたともおは、夏休み前に〈ニチイ〉で買ったオスのカブトムシ(1,600円)を育てて屈強にし、盆に山梨のばあちゃん家に行ったときに、山に棲息してる野性のクワガタと闘わせて勝つ、という目標を立てた。人為的に養殖されたカブトムシを己で育てて、山梨の山中に棲息してるすごくワイルドなクワガタと対決させて勝つ、っていう目標を。だから、気怠い毎日を送っていながらも、カブトムシには毎日ちゃんとエサをやって、しっかりと面倒をみてきた。主に与えているエサはスイカ(笑)。ちょっと大きめの虫カゴに入れたそのカブトムシには、〈ダニエルB〉という名前を付けてる。〈ダニエルB〉の〈B〉はブラックという意味。明日、いよいよ山梨のばあちゃん家に行くことになっているともおは、「今度の勝負、絶対勝ってくれ」と、ダニエルに話し掛けてる。そこでギャラクシー500の“Pictures”(『Today』収録)が流れ、タイトルが映し出される――〈ともおとBの夏〉。家族3人を乗せたスズキ・アルトで高速を走っているときの真夏の青い空に、この曲は無茶苦茶ハマる。ギャラクシー500の音楽は、瑞々しいリヴァーブのかかった感じがすごく夏っぽい。
(シーン2)
ばあちゃん家にやってきた。都会育ちだからあんまり自然とか体験したことのないともおは、着くなり近くの森に喜んで出かけていく。もちろん虫カゴを持って、ダニエルBといっしょに。森の中は、ミーンミーンミーンミーン!!!とすごいヴォリュームで蝉が鳴きまくってて、〈The 夏〉って感じだ。好奇心旺盛なともおは、いろいろなことをして遊び始める。ツルでターザンごっこをやったり、岩と岩の間からちろちろちろと流れている水を恐れもせずに舐めてみたり。そうこうしながら歩いていると、ちょっと先に山小屋が見えてきた。山小屋のそばには、そこに住んでいるらしきオジサンが立っていて、クワを持っていた。長髪にヒゲヅラの山男は、遠目ではおじいさんかな?とも思えたが、近くで見てみるとけっこう若かった。40代くらいの感じ。ともおは近付いていって、いきなり「クワガタ知りませんか? クワガタ知りませんか?」って訊いた。無愛想な山男は何も答えてくれない。ともおは「オジサンはここで何やってるんですか?」と訊く。すると、山男はひと言だけ「無農薬」と言う。ともおは続けて「無農薬ってなんですか?」と訊くと、山男は「エコロジー」と言う。ともおはさっぱりわかんない(笑)。するとエコロジー山男は何も言わずに指を指して「あっちに〈羅沙門天の大木〉がある」と言う。どうやらその老樹に、いろんな虫が集まってくるらしい。それを聞いたともおは、さっそく森の奥へと分け入って行く。時間を忘れて歩いているうちに、なんとなくまわりが薄暗くなってきた。ともおは「もう日が暮れる時間かな?」と思ったがそうではなく、木や葉っぱが密集した深い森の中まで辿り着いていたのだった。そんな森の中を進んでいくときのBGMは、ヴァン・ダイク・パークスの“Donovan's Colours”(『Song Cycle』収録)。ドノヴァンの曲ですね。ちょっと薄暗い緑の世界、羅沙門天の大木を探そうとともおが進んでいく。かなりファンタジックな世界を引き立てます。

大好物の日清やきそばU.F.O.
(シーン3)
深い森を進んでいくと、そこには本当にすっごい太い幹を持った大木があった。ともおは「こりゃでっけぇなー」と感心する。その大木には、蝉だのカナブンだのいろいろな虫が群がっているのだが、大木に近づいていくと、虫カゴの中にいたダニエルBが突然、バタバタバタバタバタ!!と羽をバタつかせた。虫がいっぱいいることに反応してるのか、自然に帰りたいと思っているのか、原因はよくわからないが騒ぎ出す。そして、ともおは大木に張り付いてた一匹の虫に目がいった。それはクワガタだった。ノコギリクワガタ。ハサミの片いっぽうが折れてるクワガタ。そいつも大木にしがみつきながら羽をバタバタさせていた。ダニエルBと片刃クワガタが反応し合ってるんじゃないか!?と思ったともおは、このクワガタこそダニエルBの勝負相手だと確信して、両者を闘わせようと思った。そして、ダニエルBをカゴから出して大木に張り付けさせ、「ダニエル突けーっ! 突けーっ!」と叫びはじめた。片刃クワガタとダニエルBが対峙し合って勝負が始まった。野性で幾度も闘い続けてきて、ノコギリまで一本失っている、すごく強いであろうクワガタに、毎日スイカを食べさせて力をつけさせたダニエルBがどこまで対抗できるか。ともおはじっと見守る。ガチーン!と両者が角をぶつけ合わせ、力くらべが始まる。すると、バサバサバサバサバサバサーッ!!と、大きな鳥がどこからか両者に向かって飛んできた。そして、その鋭いクチバシで両者の角を掴み上げてどこかに持って行ってしまった。それは鷹だった。思わず「えぇー!?」と叫んだともおは何が起こったかわからない。鷹が勝負の真っ最中にダニエルとクワガタを持って行ってしまったのだから。そして、ふと鷹が飛んでいった方向を見ると、どこかの人の腕にその鷹が止まっていた。いや、人かどうかはわからない。さっきのエコロジー山男か?とも思うけど違う。よ~く目を凝らすと全身が銀色に光り輝いてる。そう、ペプシマンみたいな感じで。するとそいつは「私はパル星人の鷹匠だ」と、テレパシーでともおに話しかける。ともおは「なぜ僕のダニエルを取っていくんだ?」と訊くと、パル星人は「地球人は争いばかりしている。争いはいけない。それはたとえ昆虫だろうと」と言って、鷹がくわえていたダニエルBとクワガタを森へ逃がし、歩いて遠くのほうに去っていった。ともおはせっかく育てたカブトムシの成果を確かめられなかったことと、夏休みの目標を達成できなかったことで、最初はパル星人に怒りを覚えたが、なんだかこの夏休みでひとつ大事なことを教わったような気に、だんだんとなっていった。
(シーン4)
山あいをすごくきれいな夕陽が照らすなか、ともおはばあちゃん家に戻ってきた。ばあちゃんが「あの、カブトっこは勝ったけ?(あくまで妄想のなかの山梨訛りです)」と訊く。ともおは「いや、ダニエルBは山に帰した」と言う。そう、とても清々しい気持ちで。そして、薪で沸かした風呂に入ったあと、じいちゃんばあちゃんと庭で夕涼みをする。「ともおー、見てみろ~、あっち(都会)じゃこんな星は見れねーだろうよぉ」。じいちゃんにそう言われて夜空を見上げると、すっごくきれいな星空が広がってる。と、そのとき、そのなかのひとつがピカーンと光った。ともおは「そうかあ、あれがパル星かあ……」と思いながら、「ありがとうパル星人。この夏休み、僕はとっても大事なことを教わったよ」と、小さな胸の中でつぶやいた。エンド・クレジットで流れるのは、スライ&ファミリーストーンの“Hot Fun In The Summertime”(『Greatest Hits』収録)。(完)(インタビュー/久保田泰平)
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