
フェイス・ノー・モアといっても、すでに多くの人がその名を知らない、または聞いたこともないという時代になった。25歳以下のロック・ファンは確実にその対象となるだろう──90年代初頭、欧米ロック・シーンの構造が激変し、それに引っ張られ、後押しされるようにリスナーの嗜好も大きく変わった。その先導的バンドの一つが、フェイス・ノー・モア(FNM)だった。ファンク、ソウル、ロック、パンク、ヒップホップ、ヘヴィメタル、ポップスを縦横無尽に混ぜ合わせた、〈ミクスチャー・ロックの原点〉ともいえるサウンドは他に類を見ないユニークさを誇り、彼らのメインストリーム域への到達はシーンやリスナーに多大な影響を与えた。98年のバンド解散までに計7枚のアルバムを残し、3度の来日を果たすなど、日本でも根強い人気を得た。
そんなFNMの2代目フロントマンがマイク・パットンだった。FNM加入前からやっていた、〈なんでもアリ〉のサーカス・バンド、ミスター・バングルの活動も継続し、鬼才アヴァンギャルド・マルチ・プレイヤー、ジョン・ゾーンとの交流を深めるなど、昔から奇天烈で特異な存在として有名だった。FNM解散後はレーベル、イペキャクを設立、その運営/制作面に深く関わりつつ、トマホークやファントマスといったリーダー・バンドをやり、並行してハンサム・ボーイ・モデリング・スクールにゲスト参加したり、ターンテーブリスト集団エクセキューショナーズとのコラボ作品を出したりと、まるで〈貪欲/旺盛な音楽制作意欲が服を着て歩いているような存在〉として常々注目 & 人気を集めてきた。そんなマイクが、ファントマスとしては通算4作目となるニュー・アルバム『Suspended Animation』をリリースした。ちなみに、これが彼らの正式な日本デビュー・アルバムとなる。
「なにしろ数多くのプロジェクトを一度に、しかも並行してやっているから、時折どれが一番大事なんだって思われることもあるけど、自分のなかで、これが一番であれが二番でっていうような位置付けとかプライオリティーとかは存在しない。どのプロジェクトもすべて特別さ。もちろん今回のファントマスの新作もね。出来栄えには凄く満足しているよ」とマイク。
ファントマスは、スーパー・バンドとさえいえる強力極まりないメンツで構成されている。〈笑うアンダーグラウンド・ロック界の帝王〉との異名を持つメルヴィンズのバズ・オズボーン(ギターほか)、ミスター・バングルの構成員でありつつリーダー・バンドのトレヴァー・ダンズ・トリオ・コンヴァルサントも主宰するトレヴァー・ダン(ベース)、そしてグリップ・インクなるリーダー・バンドを持ちながらスレイヤーに電撃復帰したデイヴ・ロンバード(ドラムス)という顔ぶれだ。その4つの超個性が正面衝突しながら高みへと昇華し、彼らにしか作り得ないサウンドを炸裂させ、聴く者を粉砕し蹂躙しまくる。これぞ究極の先鋭的〈ジャンク〉であり、唯我独尊的〈ファントマス・サウンド〉なのである。そうしたサウンドを機軸にしつつも、作品ごとに作風をガラリと変えていくところもまた彼らの特徴だ。新作のテーマはズバリ、〈楽しさ〉だとマイクは断言する。
「今回は単純に〈楽しさ〉をテーマにしたかったんだ。ポップな要素をたくさん盛り込んでさ。簡単に言えば〈子供用ハードコア・アルバム〉だね」。
〈子供用ハードコア・アルバム〉という言い方も凄いけど、新作の作風はまさにそのとおりで、その奇天烈かつ激烈サウンドの隙を突くように、アニメ番組の効果音や遊園地内で流れる音楽を想起させるようなBGMがガンガン入ってきて、始終ポップなイメージで〈ファントマス・サウンド〉をデフォルメしている。また、これまでの作品に強く感じられた、複雑怪奇でダークなイメージは相当希薄になっていて、間違いなく、彼らの作品群の中でもっともわかりやすく、聴きやすい作品に仕上がっている。しかし、それはあくまでもファントマス流儀の聴きやすさ、わかりやすさにすぎない。好き嫌いがハッキリ分かれる音楽、アルバムであることに変わりはない。
現在、彼らは全米ツアーの真っ只中にあり、今後も大規模な世界巡演が組まれている。マイクいわく、ファントマスとしての再来日は今年の11月以降か、来年初頭を予定しているとのこと。実現の暁には是が非でもライヴを体感してほしい。とにかく、そのパフォーマンスは強烈無比だから。
▼ファントマスのアルバムを紹介