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第62回 ─ 来日記念特別企画! カエターノ・ヴェローゾのラディカル人生ゲーム!!

カエターノ・ヴェローゾが語る〈声〉と〈歌〉の幸福な関係とは?

連載
360°
公開
2005/05/19   16:00
ソース
『bounce』 264号(2005/4/25)
テキスト
文/中安 亜都子


 いまやブラジル音楽の枠を超えて、世界レヴェルのアーティストとして君臨するカエターノ・ヴェローゾ。その超越した音楽性や、迷宮のような歌詞の世界について語られることが多いが、やはりカエターノの魅力は麗しの歌声にある。はじめに歌ありき。音楽の〈基本の基〉ともいえる〈歌う〉ということについて、彼はどのような考えを持っているのだろう。

「歌うこと? 何よりもまず楽しい。僕は好きだ。歌うことによって自分のなかのいろいろなことを解決できるし、自分と世界との関係も解決できる。そして楽しい。自分がたったひとつの曲しか知らなくて、それをまあまあ歌えたら、僕はそれでいい気分だ。歌うことは本当の喜びを与えてくれる」。

 なんともシンプルで、かつ奥深いコメントだ。稀代の美声ともいえる彼の歌声は、ある瞬間ゾクゾクするような妖しさも湛えているが、同時にポジティヴなエネルギーも感じさせる。さらには夕暮れの涼風のような繊細な味わいもあり、その魅力は多面的だ。美声だがそれだけじゃない、彼の音楽の濃度や、アーティストとしての磁力が反映された歌声なのだ。

 ところで、〈声は最高の楽器〉とはよく言われることだが、彼は声についてどんな考えを持っているのだろうか。

「人間の声というのは、人が存在するという事実が持つさまざまな局面のなかでも、いちばん興味深いものだよね。なぜなら、この局面はほとんど非物質的で、しかもその人の人間性をもっとも強く表す範囲だからだ。声によって人間は、人を人とする言葉、言語を創造した。声はそれに直接関わるものだから、声を楽器として使った時に、それが最高の楽器になるのだろう。だから誰かが上手に歌えば、その人の存在の強さや深みが現れる瞬間もある」。

 う~~ん、なんとも哲学的な言葉だが、よく考えると言っていることはとてもシンプル。〈言葉の魔術師〉といわれるカエターノだが、言葉のトリックに陥らずに納得の真実がきちんと語られる。歌うことや声についてこんな明晰な認識があるから、彼の音楽は超越したものでありながらも聴き手にストレートに響くのかもしれない。

 さて、8年ぶりの来日公演も決まり、いちファンとしてはライヴを目の当たりにするのが待ち遠しいところ。これで3度目の来日を果たすことになるが、ここで過去の来日公演を振り返ってみよう。まず、初来日は90年。前年に『Estrangeiro』をリリースし、タイトル曲を含めてアルバムから全曲が演奏された。レコーディングにも参加しているカルリーニョス・ブラウンがメンバーとして同行、オープニングはカルリーニョス作曲の“Meia-Lua Inteira”で口火を切った。彼のキレのいいパーカッションが地鳴りのように鳴り響き、そこに千変万化の万華鏡のように拡がるカエターノ・ワールド。その片鱗に触れることができたのが、忘れがたい。

 2回目は97年。チェリスト/アレンジャーのジャキス・モレレンバウムのプロデュースによる『Fina Estampa』のナンバーを中心にしたこの時のライヴは、ジャキスのチェロと流麗なストリングスをバックに、クラシックな香り豊かなラテン・スタンダードを披露。髪をオールバックに撫で付け、ヴェルヴェットのスーツ姿も艶やかなカエターノは、さながらラテンの伊達男。ラテンの名曲のあいだに“Haiti”“O Leaozinho”といった彼自身のスタンダードも歌い、自身の音楽地図を鮮やかに描いてみせた。そして、来るべき3度目の来日について彼はこう話す。

「プログラムは完全に最新アルバム『A Foreign Sound』のライヴというわけではない。日本へはもう何年も行っていないので、他の曲もたくさん歌いたいと思っているんだ」。

 カエターノ、現在62歳。その衰えない創造のエネルギーの源は?との問いに対しては、自信に満ちた答えが返ってきた。

「衰えないエネルギーの源? さぁ……。僕は、75歳でも世界最高の歌手だったフランク・シナトラを聴いて育った。コール・ポーターがミュージカル〈キス・ミー・ケイト〉の音楽を書き下ろしたのが67歳の時だ。これは、彼の生涯最高の作品と言ってもいい。当時、彼らはいまの僕よりも年上だったにもかかわらず、人生でもっとも素晴らしい曲を書いている。僕はそういう人々の音楽に親しんできた。だから僕が例外だとは思わない。僕はまだ生きているし、ミック・ジャガーは生きている。ボブ・ディラン、ジルベルト・ジルは生きているし、ミルトン・ナシメント、シコ・ブアルキは生きているけど、ジョン・レノンは死んだ、と思うだけだ」。

 あっぱれカエターノ。彼はこれから最高潮を迎える。
▼文中に登場するアーティストをの作品を紹介。