
ナタリー・インブルーリアの場合、ファンの男女比率はほぼ同数、もしくは若干女性ファンのほうが多いのではなかろうか。なんて、まったく根拠のないことを書いてしまったが、私にはそんな気がしてならない。97年にシングル“Torn”で全英チャート初登場2位という素晴らしい成績でデビューを果たし、ラジオのエアプレイを席巻しはじめた頃は圧倒的に女性ファンが多かった。これは間違いない。しかし98年のファースト・アルバム『Left Of The Middle』がCDショップの店頭に並んだとき、事態はもう笑っちゃうほどに一変した。ショート・ヘアの少女が不安げな表情で正面を見つめている──それだけのジャケットなのだが、彼女の純一な水晶のように輝く瞳があまりにも美しかったために、世の男どもは完全に魅入られてしまったのだ。もし〈部屋に飾っておきたいジャケット大賞〉があれば、恐らく金賞は堅かったはずだ。ともかく、同作は元キュアーのフィル・ソーナリーやアンディ・ライトほか豪華プロデューサー陣に支えられ、ナタリーの切なくも愛らしく透き通るような歌声と相まって、なんと600万枚を超えるセールスを記録したのだった。
だが、デビュー当時の彼女は深刻な心の病を抱えていたようである。彼女が生まれたのはオーストラリアのパークレイヴェールという町。世界中からサーファーが集まる絶好のサーフ・ポイントとして有名な町ではあったが、それ以外は何もない、いわゆる田舎である。17歳で故郷を離れ、メルボルンで世界的人気を持つ超長寿ドラマ〈Neighbors〉の脇役として女優デビューを果たした彼女だったが2年でドラマを降板。歌手になるという夢を抱えて単身ロンドンへと旅立った。そして彼女は、ロンドンに住み始めるなりすぐに重いホームシックになってしまったのである。しかし、そのときの経験が色濃く反映された歌詞や楽曲に多くの女性ファンが共感したことは事実だし、幸か不幸か彼女のパーソナルな部分にも光が当たることになり、同性異性を問わずファンは急増した。その後、元スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンとの共作で話題となった“Identify”を映画「Stigmata」に提供したり、チャリティー活動への参加などを経てミュージシャンとしてのスキルはより高度なものになっていく。
2001年には2作目『White Lilies Island』を発表。男性ファンはジャケットのナタリーがとてつもなく美しい大人の女性に成長しているのにまず驚いた。前作との違いは、“That Day”に代表されるようにナタリーの声と歌詞に顕著で、脆さを剥き出しにして訴えかける力強さと凛とした説得力が備わり、悩み苦しむ多くのファンに勇気を与えた。言うなれば〈がんばれナタリー!〉から〈ナタリー、私がんばるよ!〉への変化である。その後、映画出演やキャンペーン・モデルの仕事が多くなり、歌のファンには少々寂しい状況のなか、ついにこの日がやってきてしまった。ナタリー、結婚しちゃいました……。お相手はオーストラリアのロック・バンド、シルヴァーチェアのヴォーカリスト、ダニエル・ジョンズさん。その報せが駆け巡った日、世の男どもは悔し泣き、女性ファンは人気絶頂のなか結婚した彼女を祝福した。
そしてこのたび、待ちに待ったニュー・アルバム『Counting Down The Days』がリリースされた。透明度の高いナチュラルな楽曲と、母性を感じさせるような彼女のいまを伝える歌と歌詞に納得するとともに新しい魅力に心打たれた。アルバム3枚を聴き返して感じたのは、少女→女性→母性というように彼女のそのときのリアルな状況が、気取らずにありのまま表現されているということ。なんだかんだ言っても、彼女のいちばんの魅力ってやっぱりそこなんだよね。
▼ナタリー・インブルーリアのアルバムを紹介。