
矢野顕子
76年作『JAPANESE GIRL』で鮮烈なデビューを飾ったシンガー・ソングライター/ピアニスト。現在までに24枚(欧米では3枚)のオリジナル・アルバムをリリースしている
レイ・ハラカミ
96年、Flare(Ken Ishiiの別名義)のリミキサーとして異例のデビューを飾る。現在までに3枚のアルバムをリリース。UA、ASA-CHANG & 巡礼、Great 3などのリミックスも手掛けている
矢野顕子の2年半ぶりのオリジナル・アルバム『ホントのきもち』で、約半分の楽曲をコラボレートしたくるりの岸田繁と共に、今作の完成度に大きく貢献しているアーティストがいる。京都を拠点に活動を続けるレイ・ハラカミだ。稀代のピアノ・シンガー・ソングライターと気鋭のエレクトロニカ・アーティスト、両者のなれそめ(?)をまずおふたりの口から語っていただこう。
矢野顕子「2002年の10月ぐらいにくるりの“ばらの花”のレイ・ハラカミ・ミックスを聴きまして、一度で度肝を抜かれまして。それでぜひこの人と何かやってみたいと思っていました。とにかく最初の2、4小節だけでもう、〈あ、私は天才を発見した〉と確信しておりました」
ただものではない、と手放しで賞賛を惜しまない彼女だが、一方ハラカミのなかでも彼女は憧れの存在だったという。
レイ・ハラカミ「だってずっと聴いてきてますからね、コード感とか間違いなく影響を受けている。矢野さんみたいって言われたこともありますよ。それはしょうがないですよ、10代の時から聴いてるんですから」
レコーディングでちゃんとした作品を作りたいというのが最初の計画としてあったものの、コラボレートが最初に実現したのは、昨年暮れに行われた彼女恒例の〈さとがえるコンサート〉だった。
矢野「“終わりの季節”と“David”のトラックを作っていただいて、それを私が歌うことにしたんです。〈矢野顕子の弾き語り〉を聴きに来ている方にとって、最初はどうかなぁと思っていたんですけれども、お客さんの反応たるや! 〈あれは良かった〉ってお褒めのメールをたくさんいただいて。それはもう私自身が一番嬉しかったんです」
ハラカミ「矢野さんのメロディーの移り変わりの奇妙なことといったら! なんでそんなに転調するのよ!みたいな。音楽的には相当エキセントリックなことやっているのに、矢野さんのメロで歌われるとまったく普通にスーッと聴こえるんです。むちゃくちゃ時間がかかりましたけれど、出来たときはすごく嬉しかったです」
そうした経緯があったことで、アルバム収録曲の制作はスムースに進んだという。もちろんNYと京都に住むふたりにとって、コミュニケーションはメールによるデータのやりとりと電話だったが、今回の“Too Good To be True”と“Night Train Ho-me”において、ふたりの質感は驚くほどフィットしている。聴き手のイマジネーションの度量を測られているかのような、ハラカミのインストゥルメンタルの喚起力。ソロ作品だけでなく、UAなど女性シンガーのプロデュースも手掛けてきた彼の独壇場である、美しい音の粒子とセンチメント、そして不思議な浮遊感は矢野の楽曲にフレッシュな息吹を与えている。
矢野「彼がやってることはクラシックのコンポーザーと同じ〈作曲〉なんです。その写真の人物がどこに立っても、結果的に半身になっていようが、決めるのはカメラマン(=ハラカミ)。それに対する覚悟がない人は頼んじゃだめよ」
初共演が偶然にもライヴ・パフォーマンスであったことが、図らずもふたりのインプロヴィゼーションへの嗜好を表出させたという言い方もできるかもしれない。ひとつのコンポジションのなかで、グルーミーな空気とスリリングな緊張感が見事に同居しているのだ。
矢野「今年の夏に大阪と鎌倉でライヴをいっしょにやるチャンスがあったんですけれど、その時はよりインタラクティヴだった。次にどういう響きがくるか、どんな音が強調されるか、それに反応してわたしの歌やピアノが入るわけで。つまりこれは丁々発止とやりあう様を楽しむ、昔ながらのジャズの即興のような感じがしたの。ひとつの作品という枠の中で、その相互作用ができる、これは大変なことであって、ただのリミックスとは全然違うんです」
ハラカミ「僕は感情的なミックスにしていくやり方なので、録ったものを聴くっていう感覚は実はあんまりないんですよ。むしろ消えていくものだと思っていて。でも僕っていうハコの中で矢野さんが好きにやってくれている、それが一番嬉しい」
矢野「音の響きというものと、メロディーという人物がいてその背景を作るのとでは、違う目的を持っていますが、同じくらい作る能力を要求されるわけで。特に歌の場合は必ず使わなきゃいきゃいけない材料があるわけですから、大根一本を前に、煮るしかできないっていうのは困るわけです。その点ハラカミさんはトラックを作る能力とサウンドを構築していく能力の両方あるんです」
ハラカミ「歌ものっていうのは写真や絵でいえば真ん中に人がいる感じなんだけれど、僕の曲は風景だけ。主役がいない世界なんですよ。いつもメロディーラインがないんですけれど、逆にいえば全部がメロディーであったりもする。そこに矢野さんも着目をしてくれたんだと思うし。やっぱり矢野さんの歌と言葉があったからこういう世界観を作れたんだろうって」
類は友を呼ぶ、ではないが、みずからがもっとも表現したいことを伝えるためのエネルギーと情熱を熟知しているもの……出会うべくして出会ったコラボなのだと感じずにはいられない。
ハラカミ「矢野さんもくるり好きだったっていうね、くるりが繋げてくれたことは間違いない。岸田くんは仲人みたいな感じですね(笑)」
矢野「そうね、岸田くんありがとう(笑)」
▼矢野顕子の代表作を紹介。
▼レイ・ハラカミの作品を紹介。

98年作『UNREST』(Sublime)

99年作『opa*q』(Sublime)