ラフ・トレードのリリース・カタログを眺めることは、それだけでひとつの音楽体験となるはずだ。そこではポップ・アートをそのままギター・サウンドに移し替えたモノクローム・セットが微笑みを湛えている。そして、ハイ・ランドから涼しげな風を送ってくれたアズテック・カメラの姿や、ミニマルなビートに乗って瑞々しい歌声を運ぶヤング・マーブル・ジャイアンツの姿も、そこで見つけることができるだろう。また、アマチュアリズムの気高さを教えてくれるフィメール・バンド、レインコーツもいれば、フォールやペル・ユビュの意地悪そうな面もちも、そこにある。それでいて、哲人、ロバート・ワイアットはいつでも、いかに良く生きるべきかを僕らに教えてくれていた。他にもたくさん、たくさん名グループがいた。そして、そのどれもが違った個性だった。こうしたことは、当時のさまざまな相/想が自然に同居する健全な音楽状況を反映してのものだったろうし、だからこその尊さと共に、理想的なインディー・レーベルのあり方についての問題提起もラフ・トレードは投げかけていた。しかし、80年代後期、肥大したセールスに答えるための経済的破綻という荒波を乗り越えることなく一度は沈むことになった同レーベル。その難破船の舳先では、ラフ・トレードから出発して国民的バンドになったスミスが睨みを利かせていたことは確かだけれど、沈没船はすぐさま引き上げられた。その誇り高き乗組員の中、リバティーンズらの躍動する姿を認めることもまた、新たな音楽体験の始まりとなるだろう。

レインコーツの79年作『Raincoats』(DGC)