女優、世の中にこれほど甘美で淫靡な言葉があるだろうか。現実世界から幻想のカーテン一枚を隔てた世界でその美しさを競う女神たち。彼女たちは演じるだけの人生を生き、恋をする。歌うということも、その曲だけの人生を生きること。それぞれが時に大歌手を演じ、時に微笑ましいほどつたない歌声で処女を演じてみせた麗しき歌の数々、そのほんの一部をここで紹介していこう。そう、聴くほどに僕たちは恋に落ちていく
夏木マリ 美しき女優が五線譜の上で繰り広げる新たなる舞台『パロール』

ジェーン・バーキンにはセルジュ・ゲンスブールが、ロッテ・レーニャにはクルト・ワイルが、そして夏木マリには小西康陽が。この歌う女優と専属作曲家のコラボレートは96年の『ゴリラ』以来、6年ぶりとなる。タイトルは『パロール』。それを小西から聞いた時に夏木は、〈言葉か……〉と単純に思い噛みしめたそうだが、その予感はすぐに確信を帯びていったという。
「楽曲のメカニズムをちゃんとやろうとしたら一生かかってもできないという難易度なんですけど、小西君は映画を作るように私に与えてくれて。楽しくやらせてもらっているのが正直なところです。まずジャケットからなんですよ(笑)。そのイメージをレコーディングの前に説明してくれて、こういうアルバムにしたいと」――差し出されたのはジャンヌ・モローのジャケット――「でもそれはね、正しいやり方だと思ってて。すごくコンセプトがはっきりしてますよね、はっきりした美意識をお持ちだから。音的なアプローチじゃないんです。それは私が女優だからなのか、よくわからないけど」。
そして、言葉。かつて戦下ヨーロッパの猥雑を映しているポーランドのエヴァ・デマルチクやロシアのヴィソスキーの歌に初めて出会った時は、まずメロディーよりも言葉の力に圧倒されたという。その逆で、ライフワーク・パフォーマンス「印象派」では言葉をすべて否定するという核心的なスタンスをとっている夏木マリが歌うからこその言葉の強さに、今度はこちらが酔わされることになる。
「小西君の言葉も、すごくシンプルなんだけどお互いの関係を実に上手く言ってるじゃないですか。だから〈印象派〉やっていなかったらこの難しい楽曲はできないだろうっていうね、ちょっとした傲慢さもあるんですよ(笑)。ここに来るまでにいろんな失敗もして、音楽も聴き、捨ててきて、言葉も捨ててきて。そうして小西君のシンプルなメロディーと言葉に会った時に、よりソフィスティケイトされるというか。カヴァーも含めてね」。
言葉を解する大人の、格好良い歌手を演じた12のシーン。それを撮るように録る小西康陽には、能ある監督さながらの俊敏さがある。
「前も映画を撮っているような感じだったんですけど。今回はちゃんとした映画館で上映するための大作という感じがあるんですよ」。
そういえば6年も経った気がしないのは、映画のタームに近いからなのかも知れない。
「アプローチは対局にあるんだけど、例えば“ピストル”のピアソラとか、“私は私よ”のジャック・プレヴェールとか、演劇をやれば必ずぶつかる人たちなんですよね。そういうのを小西君が違うところから持ってくるのがすごくおもしろくて。共通言語を持っている人と何かやるっていうのは、アプローチは違っても遊び場はいっしょなんですよね」。
映画「ピンポン」
松本大洋原作コミックを映画化した話題作。窪塚洋介演じる主人公・ペコが高校生卓球の世界で格闘していくドラマのなかで、夏木は彼を鍛え抜くコーチ〈オババ〉として、タフでユーモラスな演技を魅せている。
2002年/日本 監督/曽根文彦 出演/窪塚洋介、ARATA、サム・リー、中村獅堂、大倉孝二、夏木マリ、竹中直人他 東京・渋谷シネマライズ他、順次全国公開中(配給/アスミック・エース)