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インタビュー

ASA 『Beautiful Imperfection』

 

大いなる音楽の宇宙を旅して、はやぶさが帰ってきた。さまざまな体験を通じて洗練性を増し、ルーツに向き合って辿り着いた、ありのままの自分自身——それは不完全で、あまりにも美しい!

 

自分らしくいられる場所

フェラ・クティが政府を糾弾した70年代から40年経った現在、ナイジェリアは変わったのだろうか。アフリカ大陸最大の石油原産国でありながら、その富や恩恵がなかなか国民に行き渡らない国であるのは変わっていないようだ。

「ナイジェリアは何をするにも困難を乗り越えなきゃいけない国。やりたいことがあったら、一から十まで自分で走り回って手に入れなければ。社会システムが助けてくれるなんていうことはないの」。

そう語るのは、パリで生まれ、ナイジェリアの首都ラゴスで育ったアシャ——ヨルバ語で〈小さいハヤブサ〉。だが彼女は、ホームタウンを「メチャクチャなところもあるけれど私の帰る場所」と愛してやまない。なぜなら「希望と、心を震わせる何かと、エモーションに溢れた街だから」だという。

2007年に大統領夫人のカーラ・ブルーニも所属するフランスのレーベル、ナイーヴよりファースト・アルバム『Asa』をリリース。その心に響く歌声と、ソウル~ブルース~レゲエなどの影響をそこここに散りばめたアコースティック・サウンドはヨーロッパ中を魅了して大ヒットを記録、アシャはいきなり世界中をツアーして回っている。そんな成功の喧噪が一段落した彼女は、セカンド・アルバムを作るにあたって自分のルーツと自分自身とふたたび向き合うために、「自分らしくいられる場所、ラゴスの家に帰ったの」だそう。

「ラゴスで過ごした私の子供時代は、母を手伝って弟たちの面倒を見たり、家事をすることに費やされたと言ってもいいと思う。とにかく周囲を心配させないことが優先で、自分が何をしたいかは二の次だった。私の完全に管理されたスケジュールのなかには遊びに費やす時間なんてなかった。私は責任感のある真面目な子供だったと思うわ」。

 

人生は残酷で不完全、だけど……

アシャが来日した2008年に会った時の印象は、確かに〈きちんとした真面目な子〉だったと思う。クラスのみんなに万遍なく好かれる良い子が、そのまま大きくなったような優等生的面を持っていた。だが、どこかに自分を抑えたような、少しだけ自分自身でいることが窮屈になっていないだろうか、そんな気もしたものだ。彼女のアーティストとしての次なる段階はその殻を破ることから始まるのかもしれない——などと勝手に考えていたところに、セカンド・アルバムからの先行シングル“Be My Man”のPVを目にする機会があった。そして思わず歓声を上げてしまった。そう、アシャは殻をエイヤッと投げ打ったのだ。

「私のファースト・アルバムは少しダークだったけれど、いまの私は窓を開け放った気分なの。自分自身として生きることに決めて、いま自分の人生がやっと始まった気がしてる。女の子としての自分を楽しむの。気分はレッツ・ダンス!」。

映画「ブルース・ブラザース」のアレサ・フレンクリンにインスピレーションを受けたというこのPVのなかでアシャは、モータウンばりのファンキーなサウンドをバックに〈あなたは私の男になる〉と歌う。細身のカプリ・パンツに赤い水玉のシャツ、赤いヒールでステップを踏む彼女は、まさに自身の言葉通り、何かから解き放たかれたかのように、軽やかで楽しげ、そしてとびきりキュートだ。

何かが吹っ切れたようなアシャの姿は、その後のヨーロッパのテレビ出演の様子などを見ても一貫している。以前よりずっとリラックスして、自分自身でいることに居心地が良さそうなのだ。それは、どうやらセカンド・アルバムのための曲作りの過程で見い出していったものらしい。

「曲を作りはじめた時、〈みんなは次にどんなものを期待しているんだろう?〉ってすごくプレッシャーを感じたんだけど、ある時〈音楽を受け入れよう〉って決めて、精神を解放したの」。

そして辿り着いたのが、アルバム・タイトルにもなった〈Beautiful Imperfection〉という境地。

「私自身も神様の創造物なんだって思えた時に、自分自身の不完全さを受け入れられると思ったのよ。そしてそれこそがなりたい自分だったの。成長していける、変化できる自分。人生は山あり谷ありで、何もかも上手くいっていると思った瞬間足をすくわれることもある。そういうものなんだって理解できれば、人生の変化も受け入れられるわ。それって世界そのものに当てはまると思う。とても不公平で、残酷で不完全、でもこんなに美しいの!」。

 

自分の中の民族性

劇的ともいえる内面の変化と相反し、前作と同じパリ郊外モントルイユのスタジオにて、前作でアレンジを手掛けたプロデューサーのバンジャマン・コンスタンと作られたその『Beautiful Imperfection』は、光と開放感に溢れた、だが地に足の着いた作品となっている。アシャが〈成長〉はしても〈変わる〉ことのない所以は、前作に引き続き今作でも母国語のヨルバ語で数曲が書かれていることにもよるのかもしれない。

「ヨルバ語で書く時は、ヨルバ族に伝わる民話やことわざをベースに自分の中の民族性が語り出す」のだという。例えばそれは、間奏のギラギラしたギター・リフが印象的な“Bimpe”にも見て取れる。この曲は、ヨルバ族の女の子がフィアンセの妹=将来の義妹に〈あなたが私のことを好きじゃないのは知っているわ。でもこれだけは覚えておいて。私はあなたのお兄さんを愛しているし、あなたの家族の中にずっと留まるつもり〉という、ヨルバ族ならではの、結婚とそこで新しく築かれる大きな家族で起こる小競り合いを描いている。

また、「ウエストサイド・ストーリー」ばりのフィンガースナッピングで幕を開ける“The Way I Feel”は、ジャジーなホーンをバックに自分のなかに生じる孤独や迷いを歌いながらも、その歌声はとても力強い。〈アフリカ的〉と言ってしまうと短絡的かもしれないが、スタッフ・ベンダ・ビリリを例に挙げるまでもなく、政治的混迷を続けるアフリカ諸国出身のアーティストたちに共通するのは、暗闇から一条の光を見い出し、そこへ向かっていく希求力の強さではないだろうか。

そのように自分を見失うことのない強さに加えて、みずからを解放する手段も手に入れたアシャは、これからももっと自由に新しい彼女を私たちに見せてくれることだろう。次の来日公演で、そんな〈新生アシャ〉のステージを目にできる日が楽しみでならない。

 

▼関連作を紹介。

左から、アシャの2007年作『Asa』、アシャの2009年のライヴ盤『Live In Paris』(共にNaive)、アシャが客演したティケン・ジャー・ファコリーの2010年作『African Revolution』(Wrasse/Barclay)、文中に登場する映画のDVD「ブルース・ブラザース」(ジェネオン・ユニバーサル)

 

▼アシャのカヴァーが聴ける作品。

左から、オリジナル日本語詞で2曲を取り上げた由紀さおりの2009年作『いきる』(EMI Music Japan)、“Mr. Jailer”のカヴァーを収めたジャー・キュアの2009年作『Universal Cure』(SoBe)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年02月10日 16:26

更新: 2011年02月10日 16:27

ソース: bounce 328号 (2010年12月25日発行)

構成・文/山田蓉子