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インタビュー

OWL CITY 『Ocean Eyes』

 

 

2009年11月、ほぼ無名に近い新人アーティストの“Fireflies”なる楽曲が、全米シングル・チャートのNo.1になってしまった。まさに現代のアメリカン・ドリーム。そのサクセス・ストーリーを描いたのはアウル・シティ。アダム・ヤングという名の若者によるソロ・プロジェクトだ。

「かなりシュールだよね」。

ある日突然、自分が成し遂げてしまったその快挙を振り返り、アダムは苦笑する。まるで言外に〈自分はそこに巻き込まれただけなんだ〉とほのめかさんばかりだ。それもそのはず。アウル・シティのスタートは、そもそもアダムがベッドルーム代わりに使っている実家の地下室(別名、洞窟)で曲を作りはじめたことがきっかけだった。

「自分の楽曲をみんなに聴いてほしいなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。“Fireflies”もリスナーである自分の欲求を満たすために作ったものだし」。

ミネソタ南部にある人口2万人ほどの田舎町、オワトナで生まれ育ったアダムは中学時代にギターを始めたものの、その後エレクトロニカに魅せられ、プログラミングやシーケンサーを使って作曲活動を行うようになったという。そうして完成させた曲の数々がネットや自主リリース作品を通じてじわじわと浸透していき、今回のメジャー・デビューに繋がったわけだ。

「ラップトップに興味が向いたのは、ソロ・アーティストとして最小限のもので最大限のことができるからさ。それにミュージック・シーンなんてないオワトナでは、ライヴを観る機会もなかった。だから、アーティストとは何をするものなのか、僕は自分なりに考えるしかなかったんだ。だけど、オワトナの環境は僕の音楽から伝わる素朴さを保つうえで役に立っていると思う。醜いものにはあまり触れずに生きてこれたからね(笑)」。

ちなみに“Fireflies”は故郷のホタルをモチーフにした楽曲だという。

「オワトナにはたくさんいるんだけど、それ以外の中西部にはあまりいないらしいね。ホタルが想像上の生き物だと思っている人もいて、そこから楽曲の発想を得たんだ。田園風景のなかの暗がりに浮かぶ光、それをドリーミーなイメージで表現したかったんだよ」。

その“Fireflies”を含むメジャー第1弾アルバム『Ocean Eyes』は、エレクトロニカ~シンセ・ポップにドリーミーなメロディーを組み合わせたという意味において、過去の作品からそれほど変わったものではない。「ささやかな希望と少々の切なさ」――それが曲作りの美意識だとアダムは語る。

しかしながら、ストリングスが加えられるなど全体的にこれまでになく躍動感を感じさせる点は、サウンド・プロダクションでの成長やスケールアップを確実に印象付ける。それは11月の来日公演でも披露していたように、バンド編成(キーボード、ドラムス、ストリングス)で行ってきたツアーの経験が反映された結果だろう。

「うん。曲を書く前にこれだけ旅をするというのはいままでになかったことだから、たくさんライヴをやってきたことは間違いなく仕上がりに影響を与えていると思う。特に1年半前に初めて見た海はとても刺激になった。次のレコードがどうなるかいまから楽しみだよ。だって、日本まで来ちゃったんだからね。どうなるかお楽しみに!」。

当初は突然の大成功に戸惑っていたアダムも、ようやくいまの状況を楽しめるようになった様子。そう、アウル・シティのサクセス・ストーリーはまだまだ始まったばかりだ。

 

 

PROFILE/アウル・シティ

ミネソタ州オワトナ出身のアダム・ヤングによるソロ・ユニット。不眠症を患った2006年末頃から作曲を始め、2007年7月にファーストEP『Of June』をリリース。2008年3月にはファースト・アルバム『Maybe I'm Dreaming』を発表。〈MySpace〉などを通じて徐々にファン・ベースを築いていく。その後ライヴ活動もスタートさせ、リライアントKの前座に抜擢。2009年初頭にメジャー・レーベルと契約し、同年7月にセカンド・アルバム『Ocean Eyes』(Universal Republic/ユニバーサル)をリリース。シングル・カットされた“Fireflies”と“Vanilla Twilight”が立て続けにヒットして話題を呼び、11月には全米アルバム・チャート2位を記録する。1月27日にその日本盤が登場したばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年02月10日 18:01

ソース: bounce 317号 (2009年12月25日発行)

インタヴュー・文/山口智男