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インタビュー

黒木渚 『標本箱』



ソロへ転向し、よりカリスマティックな魅力を放つ彼女が革命を起こすべく綴った11篇の女の物語。そこから透けて見えるのは、女、男、そして世の中のすべて……



黒木渚_A



もっと良いものを作りたい

地元・九州以外では無名だった2012年暮れのCDデビューから、全国的なブレイクが期待されるバンドへと飛躍した2013年の暮れまで。フロントウーマン、黒木渚のカリスマティックな魅力を軸に、文学性の高い歌詞、日本的な情緒を多分に盛り込んだキャッチーなメロディー、オルタナティヴなギター・サウンドの組み合わせは、感受性の強いリスナーの心を力強く鷲掴みにしてきた。が、バンドとしての黒木渚は昨年末をもって解散する。理由は〈もっと良いものを作りたいから〉だった。

「本当にそれしか理由がなかったんです。上京してまだ1年も経っていないし、メンバーとも大親友だったから、胸中複雑ではあったんですけど。このままでは目標にしている2年以内の日本武道館公演が達成できないと思ったので、決断しました」。

その言葉だけを聞くと、単純な上昇志向のように思える。が、事実は違う。それは本名の黒木渚から、表現者としての黒木渚への進化の過程と、密接に関わっていることなのだ。

「もともとミュージシャンとして有名になりたいわけでもなかったんですけど、バンドをやってて、お客さんがだんだん増えてきて、〈黒木渚に会ったら救われる〉って言われはじめて。ステージがあるから私は強くいなくちゃ……って、お尻を叩かれる感じ。昔の私は暗かったし、それを人間らしくしてくれたのはお客さんで、そういう人たちといっしょに〈次はどこに行きたい?〉という願いを叶えたいんですよ。そのためには、日本で通用するミュージシャンにならないと、連れて行ってあげられないから」。



女を通して世の中が見える

まずは彼女を支える背景を理解してもらったうえで、ファースト・ソロ・アルバム『標本箱』の話に入ろう。テーマは〈女〉で、11曲で11人の女の物語を歌うコンセプト作。ベースに中尾憲太郎(ART-SCHOOL他)、ドラムスに柏倉隆史(toe/the HIATUS他)とMASEEETA(Hermann H.&The Pacemakers他)ら凄腕たちと、女性シンガーのプロデュースにおける第一人者・松岡モトキを迎え、彼女の持つ多面的な音楽性、文学性、演劇性を解き放った素晴らしい作品だ。

「自分自身、女であることがうっとおしいなと思う反面、女って最高だなと思うときもある。女はすごく多面的な生き物で、一言では答えられないんですよね。だから11人の女を並べることで、その奥にきっと私もいるし、女を通して男が見えたり、いろんなものが見えるんじゃないかな?と」。

1曲目“革命”に登場するのは、ジャンヌ・ダルクをイメージした〈闘う女〉。社会や恋愛において、闘いながら生きる女性たちへの力強い応援歌だが、同時に彼女自身の、再出発にあたっての決意の曲でもある。

「〈私は強い。私はやれる〉って暗示をかけて、自分を鼓舞しないとやっていけない状況だったんですよ。それを〈痛みが分かると言うなら トドメを刺す気でゆかねば/戸惑いは切り捨てよ〉という2行に集約して書きました。闘う女って、可愛げがないイメージがあるけど、やっぱり怖かったんです。ジャンヌ・ダルクもきっと革命の前夜に震えてたかもなって想像して、私をそこに投影してみました」。

2曲目以降は、より物語性の強い楽曲がずらりと並ぶ。運命の人を探し彷徨う女を七五調のリズムに乗せて艶やかに歌う“金魚姫”。上流階級の紳士と出会った素朴な少女が、華やかな世界への野心に目覚めていく“あしながおじさん”。泥沼不倫の果てに自死した女が、死んだことを後悔する自縛霊となってつぶやく“ウェット”のようなホラー・ストーリーもあれば、中国の纏足の風習をモチーフに、現代社会のなかで閉塞感に苛まれる女を描く“あしかせ”など、すべての曲でストーリーテリングの上手さが冴え渡る。

「“ウェット”はフィクションですけど、サビだけはノンフィクションに近い感覚です。幽霊が〈死んでも悲しみは残り続けるんだから、死んでも意味ないぞ〉っていうようなことを言ってくれる。現実からひどい仕打ちを受けたと思っても、とにかく生き抜いて現実に仕返しをしろ、と。現実は悪趣味な作りものだったりする瞬間がいっぱいあるけど、やっぱり生き抜いていかなきゃいけないと思うんですよね」。

学生時代にポスト・モダン文学を研究し、黒人文学を読み込み、精神的なものは村上春樹に、言葉選びは江國香織などから影響を受けたという彼女の、文学的才能の豊かさはあきらかだ。ならばなぜ彼女は、音楽を選んだのか?

「もともと思想や表現したいものがあって、方法は何でも良かったんですけど、音楽が最速だったんですよ。心に刺さるスピードが。本を書いて〈デュオニソス的な……〉とか哲学チックなことを書いても、読んで理解するまでに時間がかかるし、ズバッと感覚にめり込んでいくためには、リズムとメロディーとほんのちょっと言葉があれば伝えることができる音楽が、いちばんバランスが良いので。それが自分にはフィットしたんです」。

黒木渚が音楽を選んで良かった。そう信じる聴き手の熱意を受けて前進する姿は、凛々しく美しい。共により良き未来を手にするため、進撃のときはいまだ。



▼黒木渚の作品。
左から、2013年のミニ・アルバム『黒キ渚』、2013年のシングル“はさみ”(共にラストラム)

 

▼参加プレイヤー関連の作品。
左から、4月9日にリリースされるART- SCHOOLのニュー・アルバム『YOU』(キューン)、toeの2012年のEP『The Future Is Now EP』(Machu Picchu)、Hermann H.&The Pacemakersの2014年作『THE NOISE, THE DANCE』(mini muff)

 

【お知らせ】 『標本箱』リリース記念〈渚CORECTION SPECIAL LIVE〉開催! 4月3日(木)20時~TOWER RECORDS 渋谷店B1〈CUTUP STUDIO〉 参加方法などはオフィシャルサイトにて!

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2014年04月02日 18:02

更新: 2014年04月02日 18:02

ソース: bounce 365号(2014年3月25日発行)

インタヴュー・文/宮本英夫