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インタビュー

デイヴィッド・ジンマン

初録音のレパートリーとなるワーグナーもいよいよリリース!

出会うべくして出会ったオーケストラと巨匠の座に昇り詰めた。まさにそんな言葉が似合うデイヴィッド・ジンマン。そして世界屈指のアンサンブルに彼が鍛え上げたチューリヒ・トーンハレ管弦楽団。一連のレコーディングは完成度も高ければ、因習的解釈の残滓を排したアプローチが耳に新鮮。現在進行中のシューベルト交響曲シリーズでも、第1番から第6番の初期作品から驚くほどの魅惑を引き出してみせる。

「確かに少年時代の作品です。しかし驚くような独創性も認められる。『悲劇的』の副題を持つ第4番などは、まぎれもなく天才的! それに彼は先人から受けた影響を見事に自分のものにしている。第1番を聴けば、同じ調性で書かれたモーツァルトの『ハフナー・セレナード』の余波が感じとれたりしませんか?」

ピリオド楽器仕様のトランペットやティンパニからもたらされる響きも作品に似つかわしい。どこかバッハの管弦楽組曲を連想させたりする輝かしさ。

「おっしゃる通り。そういえば遠い昔、この第1番を初めて指揮したのがシカゴ交響楽団の演奏会。場違いなまでにヘビーなシューベルトでした(笑)。もう二度と振るべきではないとすら思ったけれど、現在の私のオーケストラなら、必要な軽やかさが出せます」

その合奏は細部まで明晰。テンポ感は澱みなく軽快。古典派から初期ロマン派の作品を、まるで“デトックス”に成功したような響きで再現してくれるところが彼らの真骨頂だ。『未完成交響曲』では、史上最速級のペースで運ばれる演奏が物議を呼びもした。

「ブルックナーみたいに重々しく扱われる例も多いですからね(笑)。しかし私にとっては、これがごく自然に楽譜を読んだ結果。第1楽章の3拍子は、ベートーヴェンの『英雄』と同じようにとらえられる……(冒頭部を歌う)。続く弦楽器の音形は、同じシューベルトの『四重奏断章』を連想させずにはおきません。シリーズ完結編の『グレイト』も既に録音を終えていますが、基本的な姿勢は変わりません。これまでの交響曲と同じように、第2楽章で木管のソロに自由な装飾音形も吹かせています。ええ、ごく控え目に(笑)」

この4月に控えたリリースは、意外にもジンマンにとって初録音のレパートリーとなるワーグナー。作曲者にとって縁の街であるチューリヒの楽団と取り組む生誕200年記念プロジェクトだ。プログラムは『さまよえるオランダ人』と『指環』からの抜粋で、独唱者をつとめたのは、ミュンヘンやパリの『指環』にも出演が予定されているラトヴィア出身のエギリス・シリンス。メジャー・レーベルへのめぼしい録音がない人だけに、彼が歌うオランダ人とヴォータンのモノローグに接することができる点でも注目度は高い。

「素晴らしいバリトンですよ! 《ヴォータンの告別》と、そこに続く《魔の炎の音楽》こそは、私が思うに『指環』の全編でも音楽的なハイライトのひとつ。今回のアルバムでも要となっています」

そのワーグナーでも『オランダ人』は初期の所産にあたる。同時代に書かれたシューマンの交響曲でジンマン&トーンハレがとった、金管楽器をピリオド仕様にした演奏も期待してみたくなるところだが?

「いや、それは特に実践していません。生まれ変わったときには試みてよいかもしれないが(笑)。使う楽器に拘泥しなくとも、オーケストラから必要な透明感が得られれば、曲のスタイルは明確に描き分けられると思う。ウェーバーやマイヤベーアの影響下に出発しながら個性を確立した時期から、『トリスタン』を経て『パルジファル』へと向かうワーグナーの軌跡ですね」

昨年9月にはマーラーの『大地の歌』の録音も終えたというから、これは登場が待ち遠しい(歌手はテノールがクリスチャン・エルスナー、メゾ・ソプラノがスーザン・グレアム)。ジンマン&トーンハレは既に番号付の交響曲の全集を完成させている。そのシリーズ開始に際して「マーラーの交響曲は、その総体がひとつ大河小説になぞらえられるものだ」と看破し、作品相互の時系列的な関係性まで鮮やかなバトンさばきで解き明かしてみせたマエストロである。

「それぞれの交響曲がひとつの章にあたる。つまりは全部で“11”のチャプターからなる壮大な物語。ええ、『大地の歌』は単なる連作歌曲集ではなく、純然たるシンフォニーです。引き続いて書かれた第10番と共に、“告別”の道程を描く……。私が第10番でカーペンター版を用いた理由も、その辺にあります。広く定着したクック版に存在しない過去の作品からの引用が、最終章として意味を持つと思うのですよ」

桂冠指揮者の称号を楽団から送られたトーンハレのポストは2014年に退く。「もう十分過ぎるほどCDを作ったからね」と冗談めかして語るジンマンだが、後続プロジェクトに世の音楽ファンが期待を抱かないわけがない。「ウチの奥さんが“ぜひやっておけ!”と口やかましくてね!」と笑顔を浮かべるのはハイドン。「自分で興味があるのはチャイコフスキーの交響曲」とは意表をつかれたが、ひとつ実現しないものだろうか。絶対に面白い聴き物になるはずだから。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年03月26日 17:51

ソース: intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)

取材・文 木幡一誠