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インタビュー

アン・サリー


 ちょいとアンさん、こいつぁ素晴らしすぎますぜ!――こっちのこんな気張りようは彼女の音楽にあまり似つかわしくないかもしれんが、どうしても唸らずにはいられない、Ann Sallyの新作『day dream』と『moon dance』。選曲のツボだけでなく彼女の声の押し加減の巧さ。おまけに、2枚でサンドされちゃうのだから〈極楽〉というほかないでしょう。はい、みんな掛け声用意!

「前作は、みんなにとってのスタンダード的な曲を選んだんですけど、今回は自分のストライクゾーンを狙おうと思って」。

 前作『Voyage』は、気品漂う筆つきで書かれた素敵な挨拶状だった。微睡みを誘う希有な歌声の幸福な時間をゆっくり引き延ばすかのように、スロウモーション的効果を施した演出でAnn Sally的環境が作られていた。プロデューサー、ゴンザレス鈴木は今回もその狙いを外しはしない。ただ、彼女がより自身に引き寄せることが可能な曲を用意したことで一層自分の輪郭を認識する結果を導き、演出を超えた存在感の煌めきを招き寄せたことに間違いはない。

「もともと私は張り上げて歌ったりもする歌手なんです。でも、前作では私の持ち味のなかでいちばんいいのがああいう歌い方じゃないか、というディレクションもあった。今回はぶっといところを出したいという気持ちが強くて、周りから〈こういう風にやったらどう?〉って言われても、聞き入れずに歌っちゃったりしてる(笑)。痒いところにようやく手が届くようになったかなって気がする」。

 清涼感を失うことなく、よりファットに響く歌。 奥で微かに揺れるヴィブラートも以前と変わりない。ひとつひとつの旋律が、まるでつばめが銜えて運んできたかのように初々しい。なのに、ぶっとい印象。「今回は素直なメロディーというか、誰にでも口ずさめるシンプルで普遍的なメロディーを集めた」結果なのかもしれん。「そのほうが歌ってる人の持ち味が出しやすいし。シンプルじゃないといろんなことで限定されちゃって解釈がしにくくなる」と彼女は言う。そんな言葉を聞いていると、メロディーが散らばる原野を駆け巡る彼女の姿が浮かんできた。細野晴臣、吉田美奈子、ハ-ス・マルティネスにブルース・ジョンストン、そして服部良一。これらマエストロらのマスターピースを優しく抱く彼女の姿を見ていると、まるでポップスの歴史自体が彼女を模倣しているかのような錯覚をおぼえたりして、大変だ。

 ちなみに彼女は医者としての顔も持っており、現在、研究者としてニューオーリンズに住んでいる。音楽の都での生活はさぞかし多くの発見を彼女にもたらしていることだろう。

「やっぱり耳は肥えているでしょうね。この地には黒人音楽独特のリズムがあって、出会うどのミュージシャンも〈なによりリズムが大事だ〉って言うんです。メロディーが少し外れていたとしてもかまわない――この考えには影響を受けてるかな」。             

 太っ腹なAnn Sally。そういや、選曲にブリティッシュものが何曲かあり、聴く前は彼女との相性について気になっていた(結果は◎)。

「例えば、(元)フェアーグラウンド・アトラクションのエディ・リーダーはアメリカ音楽大好きな感じですよね。ただし、その色合いをあえて濃く出したりしてないわけで、そういう意味で私に似ているかも」。 

 なるほど納得。70年代の音への偏愛について質問した際、「(時代の変遷の)境目みたいな音が好き。ちょっと中途半端な時期のもののほうがおもしろい」と話していた。その音を選んでしまうアンさんの立ち位置っていうのも同様に曖昧な線上にあるよね?と返すと、「いま自分の歌う場所というのができたのであれば、ますますわけのわからない人でいたい。もしかしたら〈医者がいい歌なんか歌えるわけない〉っていう人もいるかも。でも、〈おもしろいじゃない〉って思ってくれればうれしい。正体もわからなければ曲の幅も広いから、聴く人によって注目するところが違うでしょうし」。きっとこの2枚がそんな立ち位置のユニークさをより強めることだろう。「それは思うツボです。フフフ」と彼女は笑ってたっけ。

PROFILE

Ann Sally
現役の心臓内科医でもあるニューオーリンズ在住のシンガー。大学時代に医学を専攻するかたわら音楽サークルで歌を歌いはじめ、2001年2月にはSoul Boss Trioのアルバム『Simply Sounds』に参加、続いてコンピ『Simplest Pleasures Free』に“All I Want”が収録されたことによって注目を集める。同年10月にはイヴァン・リンスやジョニ・ミッチェルのナンバーを情感豊かに綴ったファースト・アルバム『Voyage』をリリース。2002年のSoul Bossa Trio『Dolphins』への参加を経て、このたび中村善郎、高田漣、TOKU、鈴木惣一朗、saigenji、小沼ようすけなどが参加した新作『day dream』(BMGファンハウス)、『moon dance』(ビデオアーツ)を4月9日にリリースする。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年04月10日 11:00

更新: 2003年04月14日 22:33

ソース: 『bounce』 241号(2003/3/25)

文/桑原 シロー