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カトマイラ、TOWER ONLINE スペシャル・インタビュー!



KOCHITOLA HAGURETIC EMCEE'Sリーダー「カトマイラ」の
2007年に手売りのみで発売されていた、オールpunpee(PSG)トラックによる
隠れた名盤『三十路の投げKISS』が5月19日正規流通開始っ!!
それを(勝手に)記念して、TOWER ONLINE スペシャル・インタビュー!

 

 

 

 

 



 

インタビュアーは、DJのYAHMAN from CHAMPION BASS/Tribal Connection。
カトマイラ(今年36歳)とYAHMAN(今年39歳)は、お茶飲み友達。
お互いのイベントに呼んだり呼ばれたり、ブッキングがいっしょになったり。
そんな感じの緩い仲なので、話も緩い感じです。

YAHMAN(以下:Y)
カトマイラは今年いくつになるの?
 
カトマイラ(以下:K)
今年で36になる。7月で。未婚です。(笑)
 
Y
ラッパーとして動き始めたのは?
 
K
えーっと18?19歳位かな?今の子達からしたら遅い方かな?
でも当時はダンスブームが来て、その後ラップブームが来たから、普通にダンスをずっとやってて、
 
Y
ダンスから入ったんだ。
 
K
Zooのフォロワーから、全てはそこから。
 
Y
誰かを聴いてカッケーってまず思ったの?踊っていながら、ラッパーカッケーなって?
 
K
ダンスを踊ってる時はずっと日本語ラップが苦手だった。
んである日Zooがやってた「クラブDADA」っていう番組が終わっちゃって、
他に情報先が無いからどうしよう?NYの情報が知りたいからな~って思っていたらラジオをやっていることを知って、
早速聞いてみたらBRAND NUBIANの“Who Can Get Busy Like This Man”ってプーバがレゲエのオケで歌っているヤツがかかってて、
「おーやっぱりヤベェ!!」みたいに思ってたある日
「今日はスタジオにマイクロフォンペイジャーの皆さんに来て頂いてます!」
って言ってて「あーまた日本語ラップだ」っと思いながらもボーっと聞いてたんだけど、
最後に僕らが今度アナログ出すんでそれ聴いてください「Don`t Forget To My. Men」。
って言った後にかかったその曲が…もう瞬間的にオオオオ~~~~っと思って、
実質MUROさんのソロなんだけど途中でTWIGYさんのシャウトが入ってきて、オワワワワワ…みたいな。(笑)
MUROさんもヤベエけど…ペイジャーやべえってなって、その「Don`t Forget To My. Men」のリリックを覚えたのが始めて。
 
Y
それは盤で買って無かったの?
 
K
そのあと買いにいったの。
 
Y
あーそっか買って覚えたのね。
 
K
渋谷のDJS CHOICEで売ってるって噂で聞いたから早速行ってみた、
でもドア開けたらいきなり当時日本じゃ買えないノースフェイスの白いダウンを着たペイジャーのメンバー皆がDJして遊んでて、カッケーかったね!

Y
でラップを覚えて誰かに披露するとかは無かったの?

K
テープに録って遊んでた。
…そうそう、それが数年後友達の車の中で偶然発掘されて俺がいない所で大爆笑されたっていう…
そう言う酸っぱい過去があります。(笑)
っあ、でそん時に書いた曲が「酸っぱい雨」っていう…ダセー(大笑)
 
Y
ダサイね。(笑)
 
K
その時にワイジーっていうラッパーがいて、Das EFXのフォロワーっぽい人だったんだけど、その人がちょっとラガフロウっぽいのをやってて
当時そのワイジーの気になってた曲が「アシッドレイン」っていう曲で、意味を調べてみたら「アシッド」が酸っぱいで、「レイン」が雨だから「酸っぱい雨」にしたって言う…そのまま。(笑)
 
Y
パクリじゃん
 
K
その頃はパクるしか手法が無いんだもん(笑)
 
Y
え?でもじゃあカトマイラはヒップホップを聴いてダンスもやってたけど、レゲエにも当時から反応していた感じ?それも面白いと思ってたの?
 
K
その当時すでに俺の神様だったTWIGYさんが常に
「レゲエの方が日本でも歴史が長いし、言葉はPOPで淡泊な部分もあるけど力を持った言葉がいっぱい入ってる」
って色んなインタビューとかで「レゲエ、レゲエ」って言ってたから、その影響でVIPなんかは気にしてた、でも
当時誰を知ってたかって言われたら、BOY KENさんや、RANKIN(TAXI)さん位しか知らなかったんだけど…
 
Y
ふーん。で、そのころはどういう遊びをしてたの?
 
K
その頃はひたすらクラブに行くか、辞め際のダンスをしてるか、当時はターンテーブルを持ってる子が少なかったから、
唯一持ってたお坊ちゃんの家に行って、ひたすらこのレコードヤベェって言ってる事が多かったかな?
でも主はクラブだったかな?
 
Y
はいはいはいはい
 
K
ドゥルーピードロワーズっていう六本木にあったクラブの、俺の記憶が正しければ箱付きのDJがYASさんとDJ KRUSHさんだったんだけど、
そこにダンサーが集まるって言う風習みたいなのがあってそこに良く行ってたのと、
ラップ始めてからはブラックマンデーへ雷を見に行ったり。
その時この人スゲー動きもラップも鋭いなあっと思ってたらRINOさんだったり。
STILL DIGGIN'が出来たときに良く行ってたから、そこで買ったキャップをあえて被って行ってMUROさんからキャップきっかけで話しを振ってもらうのを待って
「おっウチのじゃん」みたいな感じで言われたら
「うーす!」みたいな(笑)
自分ヘッズっスお店行ってるっス!みたいな。
 
Y
ヘッズだ(笑)。それは92、3年??
 
K
そうそうそうそう
 
Y
カトマイラ地元は?
 
K
立川!
 
Y
KOCHITOLAのみんなは府中、東村山、立川ってなってんだけどみんな一緒なんだ?
 
K
まあ方面で言ったら一緒だね。
 
Y
てことはこっちに遊びに来てた訳でしょ渋谷とか西麻布とか
 
K
そうなんだけどラップを始めるとナゼか、都内の方は情報も早いしファッションもイケてるし、ラップの仕方もヤバいし…ってひねくれ出しちゃってあんまり行かなくなったかな
 
Y
そうなんだ
 
K
でもそんな中、数少ない都内でLIVEをやる機会が回って来て、そこで話しかけてきたのがケツメイシの大蔵とRYO君だったなー
 
Y
それは全く知らないで話しかけてきたの?
 
K
まあ知り合いの知り合いだったんだけど
 
Y
で、ケツメイシの作品にっていう流れも出てきた訳だよね
 
K
当時俺「中ちゃん」って呼ばれてたんだけど、中ちゃんドコ住んでんの?って聞かれて
「立川」って言ったら、じゃあ俺ら成績桜ヶ丘の「clubマウス」って所でイベントやってるから近いし出てみない?
って言われてそこから毎月出るようになってって、んで当時俺の友達だったRyojiが一緒に来てて、そしたら「おれもラップやりてー」って言い出して
俺と一緒にやる事になったんだけどクソけんかして。(笑)
そしたらその後ケツメイシもRyoji君欲しいですってなって、その後彼らはドコーンって。完全なる明と暗すね。(笑)

Y
その時は二十歳そこそこ?
 
K
うん。
 
Y
そうなんだ
 
K
あ、あとその頃ティンバーランドのショップで働いてて、それも手伝ってネットワークが広がるようになった。
当時はヒップホップ=ティンバーっていう時代だったから影響力もあったしね~。
 
Y
そうだね
 
K
で、色んなネットワークが広がって色んなアーティストと繋がる様になって行ってた時に
そのケツメイシとやってた「熱帯夜」って言うイベントで
「今度若い子達が入ってくるから」
って言われて、そん時に入って来たのが「アングラデラ」って言うグループでその真ん中に立っていたのが
当時「MADA」っていう名前でやってた今の鎮座DOPENESS。
 
Y
ほーそう言う流れだ。
 
K
そうそう。
 
Y
ふーん
 
K
みんな誰しもそうなんだけどまず鎮にガッと食いつくんだよね、
もちろんグループとしても格好良いグループだったんだけど鎮は当時から飛び抜けてたから、
みんな「なんだこの子!?」って。
今じゃ全然考えられないけどロン毛で髪の毛1つに縛って、上下デニムの綺麗なセットアップ着てるの見て、うわーって思った。
カンペキに世代交代を感じたね。(笑)
 
Y
あーそうなんだ(笑) 
それじゃあSABOくんは?
 
K
SABOはアングラデラの前に鎮と「餓鬼」って言うグループをやってて解散した後に一人でラップをやっていて
そのまま今度は北海道の大学に進学する事になって回りから一瞬いなくなって、
そのSABOがいなかった時期にデルタケとチップとアングラデラと俺との7人でSEVEN CUPS OF CHAIっていうユニットを作ってCD1枚だけ出したんだけど、即収集つかなくなり解散。
んでやれる人だけでやろうと鎮に誘われて、慣れないフリースタイルを無理くりさせられてた頃にSABOが北海道から帰って来て
「もう1回ラップグループ始めようか」って話になりSABOとはそこから。

Y
そうかそうか
 
K
んでその頃路上始めたのかな~
 
Y
路上ね!路上は今もやってんだよね?
 
K
おとといもやった
 
Y
あれ場所は転々と?
 
K
最初は上野公園とかでもやったけど、吉祥寺の井の頭公園が一番調子良かったから主に井の頭公園とかでやってたんだけど、
俺らのせいってのも多々あるっぽいんだけど、ある日
「電気を使う機材は使えません。」
っていう張り紙が貼られてあって
 
Y
いきなり?
 
K
うん。
しょぼーんとしながら帰って。
どうするってなったときに立川できそうじゃね?って話になって
やってみた所あんまり文句言われないから今だにやってる。
 
Y
初の路上は?
 
K
いつだったかな?井の頭公園だったかな?
 
Y
それは何か酔っぱらった勢いで、とかじゃなくて普通にやろうぜみたいな?
 
K
路上ミュージシャンが使ってる黄色いスピーカーをみんなで折半して買ってやろうぜみたいな。
 
Y
18歳からマイク持って今や36ですよ、当時そこまで自分がやると思ってた?
 
K
当時は何も考えないで「続ける意志!」みたいな事言ってたけどね
今は何か良くも悪くも普通に生きる過程になっちゃてるから、いちいち続けてるって言う感じはしないかな?
 
Y
なんかさ30過ぎると例えば二日酔いとかも抜けにくくなるとか、筋肉痛が後から来るとかあるじゃない?
 
K
俺は酒飲まないから二日酔いは無いんだけど…あー酒飲まないって続けてる?続けられてる?理由としてデカいかも。
 
Y
前から飲まないんだっけ?
 
K
うん、だからクラブでグチャグチャになった事ない。すげえ気分良くてたまーにウエーってなってる時はたまーにあるけど。
 
Y
終始ナチュラルハイみたいな感じってこと?まわりはガンガン酒飲んでるっしょ?
 
K
これは良かったなって思うんだけどダンスやってたから、
むちゃくちゃ振りが古いって言われるけど、(笑)
酔っぱらわないでダンスを踊ってるんだよね、それが楽しいの。
 
Y
そっかそっか。
 
K
そうそうそうそう、最近は前ほど踊らなくなったけどね。実際太ったし!(笑)
 
Y
笑!
36歳と言う事で自分よりも若い子達がガンガン来てると思うんだけど、
その若い子達にはどういう印象を受けてるの?気にせず淡々とやってる感じ?それか驚異として感じちゃったりするの?
 
K
驚異に感じてた時期も多少はあったかなぁ?
でも鎮にあったときにソレは終わったかな?今は若い子でメチャメチャ上手い子を見ると興奮するだけ。ヤベーヤベーって
 
Y
結構ピュアだね
 
K
ラップの上手さとか、フリースタイルの上手さとかは若い子には絶対かなわないと思うけど、
どっかしらで違う事というか自分なりの事が出来てる自信があるからだろうな~
それが折れた時点で辞めると思う。でも多分それは無いと思うけどね。
 
Y
それってようは、ご飯食べる、風呂入る、と同じ感覚?
 
K
うん~しいて言えばずーっと宿題かな?
 
Y
あーそれ良いねぇ、ずっと宿題。
 
K
ずーっと宿題。しかもそんなにイヤじゃない。
 
Y
はは(笑)
じゃあ夏休みに遊びすぎてギリギリで宿題仕上げます。っていうタイプなのか?
結構前からじっくり宿題を仕上げちゃってるタイプなのかは?
 
K
作品に対しては夏休みギリギリだね。
 
Y
ふーん。
 
K
結構テンパってやる方だから。
音楽をやっているって事に関しては、ずーーっと終わらない夏休みなのかも知れませんね。
 
Y
いいね終わらない夏休み。
 
K
ただそういうの彼女に聞かれると多分終わるんだけどね。(大笑)
夏休み終わらない人となんか付き合ってられないわーみたいな(笑)。
 
Y
確かにね。
あ、インタビューで普段働いているっていうの聞くのはアリ?
 
K
ぜんぜんぜんぜんぜんぜんぜんぜん!むしろ押しの部分すよ!
 
Y
はは。(笑)
じゃあ普段会社で働いていると例えば働いている時にリリックとか出てきちゃったりするじゃん?
そうしたら仕事そっちのけになっちゃったりするの?
 
K
そっちのけっていうか出てきてもワンフレーズだから、その出てきたリリックにアガって興奮してる事はあるけど、仕事は出来るかな。
 
Y
それはそれとしてって感じだ。
 
K
うんうん。すぐメモったりするけどね。
 
Y
で、そのメモを仕事終わって家に帰ってからまとめる感じだ、
 
K
おれね基本的に家で作業やんないのよ、
 
Y
外で?
 
K
電車
 
Y
お~電車だぁ
 
K
昔よりラップ書くのスムースになったなーって思うのが、
電車に乗ると自然にiPhoneのメモアプリ立ち上げてリリック書くっていうのが自動でなる。
 
Y
ほお
 
K
もちろん進まない時に音楽聴きっぱなしの時も、
ネット見てるだけの時もあるけど基本的には通勤時間にずっとリリック書いてるかも
 
Y
ふーん

 
K
片道ドアtoドアで1時間位なんだけど、
電車に乗ったらドアの端のかどの所に立ってずーっと音楽聴きながらリリック書いてる
 
Y
あの端っこ結構落ち着くんだよね(笑)
 
K
どんなに自分が忙しくても電車乗って通勤してる時間って絶対にあるじゃん。
 
Y
あるある
 
K
その時間だけで書いてるから。
電車の中って暇じゃん、みんなが PSPやったりネットしたりって言うのと一緒で俺は電車に乗ったらラップ書く。
 
Y
という事は完全に肩肘張るというよりも、本当に日常の一部だ、
 
K
そうそうそう。みんな言うかも知れないけどライフワークですよ。
 
Y
まさに。
 
K
うん。
 
Y
電車の中は家に帰って飯食ってる時とかっていうのと頭の冴え方が違うってわけだね
 
K
家は意外とリリック書くのには向かない、ビート作ってたりする。
 
Y
そうかそうか~。
では今回の「三十路の投げKISS」というタイトル。
まず俺はなんでこんなタイトルがついたのか?っと言うところで相当笑ったのね、
俺の中でのHIPHOPやってる人達って、例えばDe La Soulとか色々いるけど生活に沿った感じで
ハードコアを全く気取ってなく好きにやってる人がいても、“投げKISS”まで来るかって思って超衝撃を受けたんだけどこれは狙いで書いたの?
 
K
なんだっけなあ~
コレ作ったのが3年、4年前なんだけど、鎮が当時「若気の祟り」っていうEPをCDRで作ってwenodだけで売ってて、
それでその後すぐにSABOもやる気になって創り出したりしてた頃に俺はpunpeeと出会って。
その時にS.L.A.C.K.とpunpeeが2人でやったアルバムをもらって聴いたら、その出来がまた凄く良くて
トラック自体に華はそんなに無いんだけど、コシがメチャクチャあってすげえ良いトラックだなって思って、
当時って本当にプロですって言う人と、趣味で作ってますって言う人との差って歴然としてたケースが多かったじゃん?
俗に言うプロじゃない人はペラペラなのが多くて下が無いというかキックとかベースラインとかに…
 
Y
底が無い感じね。
 
K
そうそうそう、
punpeeのトラックを聴いた時に当時まだ21歳だったかな?で凄えなこの子っと思って
周りがみんな出すって言ってるから俺も出すから…「トラック作ってよ」って頼んだのかな?
周りが作るって言ったら作るっていう、俺のそういう所もホントどうかと思うけど(笑)。
で、punpeeにオケお願いして作ろうってなり、タイトルどうすっかな?ってなった時に鎮が「若気の祟り」ってEPを出してたから、
そこの語感に近いものを探そうっと思って。
その時まさに路上を良くやってたんだけど、その時に自分が30歳って言う事をよく路上で言うようになってたのに気付いて。
「おじさんですけど」みたいな。
 
Y
それやばいね(笑)
 
K
そん時は完全に若い子たちへのアンチテーゼじゃないけど、
自分のキャラ探さなきゃなみたいな、どう言う事リリックで言ったら良いんだろうみたいな、
なんか“何々スキルだぜ”とか今更そういうんじゃねえなっていうのは凄いあったから、何かな~?って思ってた時に
「おじさんだけど」みたいなのを思い付いて、
そっから鎮の「若気の祟り」って言うのが「三十路の嘆き」っとちょっと語呂が似てるかなって思って…
ってなって三十路の嘆きです…が最初に出てきて…
三十路の投げKISS…おっ嘆キッスとダブルミーニングこれは良いのが出来た!
と思って鎮に言ったらハナレグミの曲で「嘆キッス」って曲あるよっていわれて、なんだぁって思ったんだけど、まあいいやーみたいな。
 
Y
そうか。
 
K
その同時期にSABOが出した作品は、聴いた時になんかブルースみたいなのを感じたな~
今で言うエモイって言うんですか?俺は日本語ラップで最初にブルース持ち込んだのはSABOなんじゃないかと思う
だってもうその当時からずっとエモーショナルって言ってたもんね
早いなこの子たちみたいな(大笑)
 
Y
確かに早いね
 
K
フォークソングをヨシミ(元KOCHITOLA DJ)が聴くようになって、
そこから鎮もSABOも聴くようになって、俺は聴かなかったんだけど、
その2人がキャッチしたものを2人の音源から更に感じてブルースチックじゃない?みたいな、
俺は大概そういう物事薄っぺらく終わるんです。
 
Y
感覚として良いってみたいな?
 
K
そうだね。そっから聴き込んだりしないって言う。
 
Y
カトマイラのMySpaceに「混沌コントにゃさっさと出口を」っていう言葉があるんだけど、これは誰かの混沌コントっていう?
 
K
混沌としたリリックが当時凄く多かったの当時ね。
ただねコレ俺の中ではもう全部古い!俺チャラいからすぐ次に行っちゃうから今思うと失礼だなって思うわ。(笑)
まあまあ俺なりのツッパリだったんでしょうね。あの混沌とした曲が混沌ゴッコに感じたんじゃないんかな?
 
Y
その時はね
 
K
でも今もあんま変わってない所もあるかな~?
そんなん言っても大変じゃなくね?ブッチャケ楽しいでしょ?みたいな。
DISにならないように気を付けてます。そういうタイプじゃないので。(笑)
 
Y
例えば今リアルに36歳になって、働いてて悲哀ってやっぱあると思うんですよ。
鎮くんとSABOくんがやってたリリックの悲哀の部分を自分が体現している事にもなって来ていると思うんだけども、
それってやっぱ自分の方のリリック部分で変わって来てる事ってのもあるの?
 
K
昔と比べて?

Y
そうそう
 
K
うーんそこの部分では特に無いけど
グループの空気感で“普通”を心がける様にはなってるかな?
大体空気読んで合わせようとする人間なんで、またそれが上手くいかない人間でもあるんですけど。(笑)
 
Y
じゃあスタイルとして中年を取り入れたもののリアルに中年になってそれが普通になっちゃいましたみたいな。
 
K
そうだね多分その方がリアルなのかな?って気がするしね、元々自分に無いモノは出そうと思っても出ないよやっぱり
 
Y
そうだよね滲み出るもんだもんね。
話は変わりますが、ネットや特に最近だとDOMMUNE(ドミューン=ネット上の番組)やらは意識してんの?
 
K
うん。俺は多分ハグレティックの中で一番ミーハーなんで、エッジィなんで。(笑)
時代の流れをみているのが楽しいタイプ。
 
Y
ウォッチャーですか
 
K
ウォッチャーですよ。
SKYFISHにも言われましたよカトマイラ君ウォッチャーだねって。
 
K
ドミューンとか見て思ったのは、
L?K?OさんがDJしてる時に7000人が見てて、
でも多分常に情報を追っかけてるエッジーな人って7000人もいないじゃない?
ってことは行きたいし興味はあるんだけどそこまで知識が無いしどこに行けばいいかわからないっていう人達があの7000人の中に多く含まれてて、
あれを見てクラブに行ってみようかな?って思ったりするんじゃないかな?って
 
Y
Twitterで反応見てると、また久々クラブ行きたいって言う人もいるんだよね、最近クラブ行ってないな~とか。
 
K
あの数字ってそういう所が見えてそうな気がするよね
サラリーマンの人たちで昔ラップやってたとかダンスやってたとかって言う人たちがいるわけじゃん、
でもそこまで追える時間もないけどね、みたいな人たちの数なんじゃないかな?って思った。
でこのままダンスミュージック基本で日本語ラップに来ることは無いんだろうなっと思ったらROY(環ROY)君が登場し、
今日はROY君と鎮とpunpeeがでてフリースタイルみたいな事もしてて、こういうの初めて見たけど面白いねっていう人がいたら
 
Y
全然違うよね
 
K
良いと思うんだよね!
だからその流れで俺の言っている事が、そういう層にも届いたら嬉しいかな?
もちろんヘッズの人達にも聴いて欲しい!
 
Y
自分でパーティーやってるよね?吉祥寺で。
 
K
「ねはん」ね
 
Y
「ねはん」あれはどれくらいやってるんだっけ?
 
K
2年位かな?
 
Y
それって何でやろうと思ったの?
 
K
一番最初の気持ちはmewちゃん(現KOCHITOLA DJ)をもっと有名にしたいから。
 
Y
俺も呼んでもらった事あるけど超踊ってたよね(笑)
 
K
俺がね
 
Y
オーガナイザー自らかなりのはっちゃけ具合って言う、パーティーとしては一番美しい光景が(笑)。今後忙しくなってもパーティーは続けてくって感じ?
 
K
そうだね。
もちろんチーキー(吉祥寺にあるBAR Cheeky)での「ねはん」は続けてくけど。
もうちょっとチャレンジ箱でもやってみたいと思っててGOLD SCHOOLのリリパでチャレンジするのもありだね。って言われた。
 
Y
それで調度このタイミングでGOLD SCHOOLってユニット?動き?クリエイターチーム?
 
K
んんー…クリエイターチーム言葉が嫌いなだけでそういうことかな?…
あばばばばば…いやオジサンユニット!(笑)
 
Y
おじさんユニット(笑)相方さんは?
 
K
今年で41歳。
ハグレティックのHAGULIFEのレコーディング、ミックス、マスタリング、全部やってくれてるyamo(ヤモ)さんって人で
トラックメイカーとしても鎮のアルバムの100%RAPに入ってる「FUCKIN CITY TOKYO」とかの曲提供してたり、
色んなラッパーのアルバムのエンジニアは最近よくやってるかな?
 
Y
それはカトマイラソロの「三十路の投げKISS」とは別の動きとしてはどう言う動きとして考えてんの?
ただやりたい時にやってる感じ?
 
K
最初俺はソロでやろうと思っていて、yamoさん1曲作ってくださいよっていつもの通りにやってたんだけど、
ハグレティックとyamoさんの間柄が間柄だからトラックへの反映が良くも悪くも早くて、
そのお陰でたまーにケンカになったりするんだけど、ホントたまーに。
こうして欲しいああして欲しいっていうのがとにかく早いから、
で、2・3曲出来た時点で出来た曲を聴いてた時にyamoさんが、
「コレはもうOLD SCHOOLじゃなくてGOLD SCHOOLだね」
って言って、じゃあユニット名GOLD SCHOOLでやりますかって感じ。
カトマイラソロとの住み分けは…
実質全部自分でラップしてるし自分のソロではあるから…
んんー棲み分け付いてないかも。(笑)
 
Y
別にでもそれは彼と2人でやってるからその名義でやっているって言うだけであってって言う感じだね
 
K
そうそうそう、
特にリリック書き分けるとかも無いかも。
ただ、ハグレティックの時は独特で曲のニュアンスの出しあいみたいになるから
“こう出されたらそれっぽく”みたいなトンチンカンな事になって来るからそれはそれで別な書き方になってるね。
GOLD SCHOOLのラップに関しては自分のソロだと思って書いてる。
 
Y
そこは他に2MC乗って来るってなると書き方変るもんね。
 
K
そうそうそう、
それに言われるしね「この辺もうちょっと変えてほしい」とか、
yamoさんはリリックに関しては絶対に言って来ないから、
ラップの乗せ方とかは注文あるけどリリックの内容に関しては、
「良いねぇ良いねぇえ今日も中野君光ってるよお」っておだてられて、
「そうすかすか、yamoさんのトラックもやべえっすよ!」
ってやってます。
 
Y
でGOLD SCHOOLは7月くらいにリリース予定と。
 
K
うん。
 
Y
んぢゃあ、これ(『三十路の投げKISS』)出して再発だからってまたLIVEでやるとかは無い?
 
K
そうだねーー、基本LIVEセットには三十路の投げKISSは入ってない。
三十路をあえて入れてないって言うんじゃ無くて、常に新しい曲をやりたい。
もちろんやりたいタイミングが来るかもしれないし、分かんないんだけど。
やってって言われたらやる感じ、今回の三十路再発はあくまで次への繋ぎなので、これでコンコンって行けたらいいなーって
 
Y
今後やっていく上で一言でも良いんで何かありますか?
 
K
んーー、なんだろ何ですかね?
 
Y
もう日々普通にいるって感じ?
 
K
鼻息荒くなる事も特にないので…
あ~でも自分のビートで1枚アルバム作ってみたいですね!
 
Y
自分のビートでね
 
K
ただまだ全然
「アレこんなのが出来ちゃった」
みたいなビートしか出来てないので、もうちょっと思った通りに転がせるようになったらアルバム作りたいかな?
あとは出来る限り続けて行きたいですね。
 
Y
ラップは楽しい?
 
K
うん楽しい。
色んな洋服とか流行りモノもとかも見たり聴いたりするのが好きなんだけど、
例えばピストとか流行出した頃、ずっと欲しい~とか思ってたんだけど気付くと
「ヒップホップしなきゃ」
みたいなのはずっとあるんだよね。
 
Y
あーそれはやんなきゃっていう義務的なものではなくて?
 
K
義務的では無く
自分の回りから無くなんないんだよね。
 
Y
もうココにあるっていう
 
K
そうそうそう、
俺は物事で何を一番長くやってたかな?
って思うとラップなんだよね多分。
続けられてる事は良い事なんじゃないかなぁ?
 
Y
続けなきゃって言うよりは、それこそ電車の中でリリックも出てきちゃう位だし自然な事なんだよね。
 
K
どんなフロウどんな音が流行っても自分のヒップホップっていのはずーっとココにあって、
多分やりたい事したい事、もちろんミーハーだから流されたりもするんだけど、出口は自分のココにあるヒップホップ
 
Y
自分のそばにあるヒップホップ
 
K
そうそう…それが無くならないんだね。

カテゴリ : ニューリリース

掲載: 2010年05月14日 23:00

更新: 2010年05月20日 15:16