喜劇作家・三谷幸喜の思考とは?『鎌倉殿の13人』『記憶にございません!』など名作誕生の舞台裏

ドラマ、映画、舞台と、多彩なフィールドで人々を笑いと感動へ誘う喜劇作家・三谷幸喜。その発想の源はどこにあるのか。小説家・松野大介との対談形式で、2013年に共著として刊行された『三谷幸喜 創作を語る』から11年。大河ドラマ『真田丸』『鎌倉殿の13人』をはじめ、数々の話題作を世に送り出してきた三谷が、執筆中に何を考え、どのように作品を形にしていったのか。創作の原点だけでなく、制作現場での裏話や思考の軌跡にも迫るのが、新たな一冊『三谷幸喜 創作の謎』だ。
●『鎌倉殿の13人』の世界観を形作ったもの
2022年に放送され、その年のSNS流行語大賞からテレビ・映画部門賞、ギャラクシー賞月間賞などを総なめにした大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。北条義時を主人公に、平安時代末期から鎌倉時代を描いた本作は、暗殺や裏切りが渦巻く重厚なドラマとして多くの人の記憶に残った。ダークミステリー調の異色の大河といえるが、三谷はこの世界観についてこう語っている。
『鎌倉殿…』の世界観は確実にシェイクスピア。影響を受けているというより、そもそもシェイクスピアの描くものと鎌倉時代が似てるんです。 (※注)
作中で印象的だった、権力者の象徴として引き継がれた“ドクロ”の演出も、シェイクスピア作品に登場する“王冠”をモチーフにしているという。さらに、LEDスクリーンに映像を投影して芝居をおこなうという最新の撮影技法を導入。ルーカスフィルム開発のシステムにより、カメラや照明を最小限に絞り、映画的で深みのある映像を生み出した。伝統と革新を融合させた制作スタイルが、まさに三谷作品らしさを際立たせている。
●映画の失敗と反省、そこからの奮起
三谷が初めてSF作品に挑んだ2015年公開の映画『ギャラクシー街道』には、苦い思い出が残っているという。宇宙ステーションを舞台とした群像劇として企画された本作。多くのアイデアを詰め込んだものの、スケジュールの問題やキャスティングの難航など準備段階からトラブルが相次いだ。完成した作品は、演出の拙さや差別的な表現などから公開後に厳しい批判を浴びることになる。
落ち込みのなかで三谷を救ったのは、明石家さんまからの一通のメールだった。
「おめでとう。やっとそこまで来たか」 (※注)
批判を笑い飛ばすようなこの言葉に、三谷は気持ちが軽くなったという。
その経験を糧に、2019年には政治風刺コメディ『記憶にございません!』を公開。“多くの観客が楽しめる映画”を目指した結果、興行収入36億円超のヒットを記録した。失敗から再生した三谷の創作力は、常に進化を続けている。
●三谷の創作に影響を与えた外国映画
幼いころからテレビ好きだったという三谷は、5歳にして『月曜ロードショー』や『日曜洋画劇場』に触れ、ハリウッド映画に魅了されていた。親に買い与えられた大量の人形でドラマを再現する“ひとり遊び”は、やがて自分なりの物語づくりへと発展していく。脚本家・演出家としての原点は、すでにこの時期に芽生えていた。
三谷が最初に強い影響を受けたのは、7歳の時に観た『十二人の怒れる男』だという。十二人の陪審員の葛藤を描いたシリアスな作品だが、幼少期の三谷の視点は違った。大人たちが真剣に議論を交わす姿に“面白味”を感じて笑ってしまったという。
「コメディ・群像劇・限定されたシチュエーション」。これが僕の好きな作品世界の3要素。 (※注)
この独特の笑いの感覚こそ、のちの三谷作品を形づくる原点といえる。人形劇から始まった想像の遊びは、やがて俳優たちを動かし、時代を描く壮大なドラマへと変化していった。
数々の名作を手がけながら、常に新しい挑戦を続けてきた三谷幸喜。『三谷幸喜 創作の謎』は、そんな三谷の創作の裏側を丁寧に掘り下げた貴重な記録であり、笑いと感動の源泉をたどる“物語の舞台裏”だ。ページをめくるほどに、三谷作品をもう一度見直したくなるだろう。
注)三谷幸喜「三谷幸喜 創作の謎」より引用
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掲載: 2025年10月30日 10:37

