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井上伸一郎『メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史』―「おたく第一世代」の著者が語るオタクの歴史

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今、オタク文化が当たり前のように世間で受け入れられているのは、「おたく/オタク文化」を育て守ってきた先人たちの努力があってこそ。今回紹介する書籍「メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史」では、稀代の編集者として活躍してきた著者・井上伸一郎の経験を通して、オタク文化の変遷を垣間見ることができる。

●『ヤマト』ブームで生まれたアニメ雑誌

伝説のアニメ雑誌「アニメック」編集部のアルバイトから、株式会社KADOKAWAの代表取締役副社長にまで上り詰めた井上。彼は漫画やアニメに象徴される「オタク文化」が形成されていない時代に生まれた「おたく第一世代」の人間だ。当時はサブカル的なものが見下される環境だったため、現在書店に並んでいるようなアニメ雑誌はまだなかった。

アニメ雑誌の誕生について井上は、1974年に登場した『宇宙戦艦ヤマト』の存在が大きかったと語っている。

『ヤマト』ブームを支えたのは、私と同年代の「おたく第一世代」がメーンでした。世の中の人は、20歳近くになってアニメを見続けるアニメファンの存在を、まだはっきりとは認識していませんでした。 (※注)

1977年にテレビシリーズ『宇宙戦艦ヤマト』の総編集的な映画が公開されると、みのり書房の「月刊OUT」6月号がどこよりも早く『ヤマト』特集を組んだ。「月刊OUT」は元々サブカルチャー誌だったが、『ヤマト』特集が好評だったことをきっかけに、アニメ専門誌にシフトする。さらに『機動戦士ガンダム』のブームを受け、グッズ販売会社が出版する雑誌「アニメック」が『ガンダム』特集を掲載。以降、時代と共に数々のアニメ雑誌が生み出されていく。

●アニメ雑誌「ニュータイプ」とアニメ専門店「アニメイト」の関係

アニメックで経験を積んだ井上は、1985年から角川書店の子会社・株式会社ザテレビジョンで働き始めた。ここで井上は新しいアニメ雑誌「ニュータイプ」の創刊に関わることになる。

「ニュータイプ」の創刊にあたり、株式会社ザテレビジョンの社長を務めていた角川歴彦は全国のマンガ専門店の店主たちを集めて意見を聞いたあと、「あの人たちが言ったことの真逆をやれ」と口にした。井上が聞いたその理由は、以下の通りだ。

「専門店の店主たちは、大手出版社の顔色を見ていることが分かった。マンガには興味はあるが、アニメには関心が薄い。僕はむしろ、このころ起業したばかりのアニメイトを応援したいと思った。アニメイトはマンガもアニメも同列で扱ってくれる」 (※注)

当時のアニメイトは、アニメックの営業部長だった高橋豊が社長を務める新興のアニメショップだった。アニメックはグッズの販売を主としていたが、アニメイトではグッズを取り扱いつつ、雑誌や書籍の販売にも力を入れていたという。現在のアニメイトは日本中のオタクたちの心を掴むことに成功し、絶好のアニメ雑誌販売スポットとなっている。

●「オタク」を増やした現在のメディアミックスの特徴

マンガ・アニメ雑誌の編集長として様々なメディアミックスを推進してきた井上は、現在のメディアミックスにはある特徴があると記している。

一言で言えば、作品のジェンダーレス化。そしてロングライフ化です。 そして、それを引き起こしているのは、デジタル化に他なりません。

電子書籍が登場し、誰もが男性向けマンガ・女性向けマンガといった括りにこだわらず、気になった作品を気軽に読めるようになった。その結果、女性向け原作がアニメ化されやすい状況が生まれ、そのアニメを男性が観てファンになるという流れも一般的になっている。 (※注)

また、定額制のサブスクリプションモデルが主流となったことで、作品のロングライフ化という現象が生まれた。映像配信では本数の多い作品が評価上有利になるため、人気作品は2期3期と作られるのが前提になった。オタク文化の成熟に、デジタル化の推進があるのは間違いない。

作品を消費する1人の「おたく」から、作品を生み出し支える側に周り、「オタク文化」の発展に貢献した井上。本書はオタク文化の歴史がわかると同時に、消費する立場から生み出す立場へと進化することの重要性がわかる1冊だ。アニメ・マンガが好きなオタクはもちろん、作品を生み出す側になりたいと考えている人は、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。

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タグ : レビュー・コラム

掲載: 2025年07月23日 10:38