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ベルリン・フィルは時代をどのように渡ってきたのか……世界最高峰のオーケストラの歴史

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クラシック好きならもちろん、特別好きではない人でも「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」という名前は聞いたことがあるだろう。世界中に存在するオーケストラの中でも、最高の人気と知名度を誇る楽団のひとつだ。長きにわたってクラシック界の頂点に君臨し、演奏家や指揮者にとってもそこへ所属することが特別な名誉となるベルリン・フィル。しかし、その歴史は決して順風満帆ではなかった。

●ベルリン・フィルの成り立ち

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮による100周年記念コンサート・ライヴ

今回ご紹介する「ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史」は、楽団の成り立ちから現在に至るまでの“生涯”をまとめたものである。本書によると、ベルリン・フィルが誕生したのは1882年5月1日。ベルリンで演奏活動をしていた「ビルゼ楽団」から、契約や芸術面で折り合いのつかなくなった演奏家たちが離脱し、新たな楽団を発足させたのだ。

当時はまだベルリン・フィルハーモニア管弦楽団とは名乗っていなかったが、この「元ビルゼ楽団」は発足後にベルリンだけでなくドイツ国内20都市以上で演奏を実施。しかし、日常的に演奏できる“拠点”となるホールを持っていなかった。

とはいえ、めぼしいホールはビルゼ楽団など既存のオーケストラにすでに確保されている。そこで目をつけたのが、ベルンブルガー通りのローラースケート場。実はこのローラースケート場、芸術音楽のためのホールに改装されることが決まっていたのである。楽団はここをホールとして確保し、これを機に「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」へ改名することとなる。

●直面する財政難

ホールを確保し定期演奏会も開けるようになったベルリン・フィルだが、財政状況は楽ではなかった。演奏についての評価は悪くないものの、注目度がいま一つだったのだ。そこで動いたのが、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムである。

ヨーゼフ・ヨアヒムの貴重な1903年録音

彼は友人であるブラームスの曲を演目に取り上げたり、世界的に知られていたピアニスト、アントン・ルービンシュタインを招いた演奏会を開いたりと、ベルリン・フィルに注目が集まるよう働きかけた。

こうしてヨアヒムの尽力でベルリン・フィルは、人々の注目を集めるようになっただけでなく、発足直後から第一級の演奏家や作曲家と共演する経験を得ることができたのである(※注)

しかしそれでも、財政状況は思うように改善しなかった。いまだ安定しない収入面と、過酷な活動環境による演奏の質の低下が指摘されるようになったのだ。

その後、1887年にハンス・フォン・ビューローを首席指揮者に迎えたことで、ベルリン・フィルの名声は急速に高まっていく。これで一時的に収益は改善するが、結局その後も財政難にあえぐことになる。

●政権の広告塔となったベルリン・フィル

ベルリン・フィルを語る上で外せないのが「ナチス・ドイツ」との関わりだ。1932年、ベルリン・フィルが発足50周年を迎えた翌年にはドイツにナチ政権が発足。そして1939年9月の第二次世界大戦勃発で、ベルリン・フィルはナチ政権の広告塔として利用されることとなる。

当時の宣伝映画に用いられた映像を収録

広告塔として空襲に怯えながらも演奏会をおこなったベルリン・フィル。ドイツの対外イメージ悪化に伴って演奏会に当時の指揮者・フルトヴェングラーを中傷するビラが撒かれたりもしたが、ナチの庇護を得ているからこそ団員たちが徴兵されることもなく演奏活動が続けられた。しかし1945年、ついに深刻な戦況に追い込まれたドイツは団員を国民突撃隊の総動員に招集することにする。

しかしフルトヴェングラーに約束した通り、軍需大臣のシュペーアがベルリン・フィルを守るべく動いた。(中略)団員の召集令状を無効化することにシュペーアは尽力した (※注)

ソ連が接収した放送用磁気テープをもとにCD化

シュペーアのおかげで団員たちは動員されることなく、ベルリン・フィルはドイツ降伏間際まで演奏会を開いたという。ラジオ放送で総統・ヒトラーの死を伝えた際に流された音楽も、事前に録音されたベルリン・フィルが演奏する葬送行進曲だった。

第2楽章がヒトラーの死を伝える放送で使用(ボーナストラックに収録)

運営費用不足は、多くの舞台芸術が直面する問題だ。それだけに、古今東西で芸術と政治の関わりは時に密接なものになることもあっただろう。

ベルリン・フィルの歴史ひとつを見ても、時代とともにその立ち位置やあり方は政治や社会的規範によって変容してきた。音楽に限らず文化芸術全般の歴史を紐解くことが、その時代の情勢を知るひとつの手がかりになるかもしれない。

注)芝崎祐典『ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史』より引用

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タグ : レビュー・コラム

掲載: 2025年07月10日 15:58